寒中お見舞い申し上げます ‥‥ と言うには,あまりにも暖かすぎる年末と正月でした. スキーなどまったく無縁の,めっぽう寒がりの私(や猫)にとって,こんな暖かい冬は大歓迎ではあります. しかし,異常であることは間違いありません. どうかこの一年,平穏でありますように,と,祈るばかりです.
大晦日は,例年の通り,法身寺で百八曲献奏修行会を行ないました.
大晦日は例年,自分が今あることへの感謝,先祖たち・先に逝ってしまった者たちへの感謝と供養,今まさに生きている者たちへの感謝と祈り,という気持ちで献奏してきました. しかし今回は,冥福を祈るばかりとなりました. まずは自分の母. 喪中ハガキもたくさん届きましたが,中でも,友人の奥様からのハガキには参りました. 暮れも押詰ってからの交通事故で,まだまだお元気な父上を亡くされたのも悲しいことです. 夏にはお葬式の受付をしましたが,その故人は友人の奥様で別の友人の妹でもありました. 実は,そのままなら私の孫となるべきであった命以前の命も,消えました.
なんだか重い献奏になってしまいました. 諸行無常. 合掌.
本日,町田の「日本の音色 ― 伝統楽器の世界 第1回:筝,尺八」がありました. なんとかコケルことなく,春の海も吹くことが出来ました. まるで余裕のない演奏ではありましたが.
今回の大正解は,自宅で黒紋付きを着込んで,車で会場入りしたことです. 最初は虚無僧(紋付ではインチキですが)だったので帯は片挟みにしましたから,運転に支障はないし,着崩れることもありませんでした. ただ,ちょっと辛かったのは,最後に袴のために一文字結びにし,そのまま帰ったので,シートの座り心地は少々よくありませんでした(運転に支障があるということではありませんが). 車での往復(片道40分くらい)なので,尺八を何本も持ったうえに虚無僧衣装など,かなり大荷物ではありましたが,楽でした. 一つ問題があったとすると,黒紋付きで車なんか運転していたら,なにか怪しく思われたかも‥‥(^^;)
昨年10月からのハイ・シーズンが,やっとこれで一休みです. 7月に母が入院して9月に亡くなり,それに引き続いてのハイ・シーズン‥‥さすがに少々疲れました. 我が家出入りの(ノラ)猫と一緒に,しばらくのんびりしようと思います _o_
「野狐禅(やこぜん)」とは禅に似て非なる邪禅のことです. 悟ってもいないのに悟ったようなふりをする,一人よがりの禅のことで,まあ,私のような心境のことでしょう (^^;)
我が家出入りの(ノラ)猫を見ていると,この猫こそ悟っているのではないかと思えてきます. 貪ることも怒ることもなく,愚かなことをすることもありません. ここにある今をひたすら生きています. 猫は野狐禅をしません.
庭のアロエに花が咲きました. 今年は随分と早いようです. でもここに花の写っているアロエ,実は,根はなくて,ただ茎から上だけで生きています. この生命力には感心します. 昨年,庭に柿の苗木を植えるにあたって,申しわけないと思いながら刈り取ったのでした. ほおっておいたら,枯れるどころか花が咲きました.
しかし,さすがに根が無いのでは,種子を作って子孫を残すほどの力はあるのでしょうか. 因みに,この猫は,不妊手術を受けていて,子孫を残すことはできない「地域猫」です.
「地域猫」といえば,我が家の地域のタウン紙に,こんな↓記事がありました.
>> 不幸な猫を減らせ(タウンニュース・港南区版)
この写真の猫,うちにいる地域猫にあまりにもそっくりです.
きっと血縁者なんでしょうね.
昨日は雪. 我が家の辺りは大したことありませんでしたが,あっちこっちで大変な騒ぎだったようですね. 今日は晴れましたが,風が強くて,寒いっ! 雪も残っています.
「こどもは風の子」と言います. この寒いのに,猫(1歳8ヶ月くらい,ノラ)は元気です. 寒い時は猫は炬燵で丸くなるものだと思っていましたが,全然元気に(陽も当たっていない)庭を駆け回っています. 風で飛ぶ落ち葉でも追い掛け回しているようです. 若いって,羨ましい.
昨日(1/22)の かわさきFM の番組『そよ風の音色』に出演しました. といっても,スタジオと電話でお話ししただけですが.
うちでは かわさきFM は入らないので聞いたことが無くて,どういう番組かも知らないまま,本番になりました. スタジオから電話がかかってきて,スタンバイしている間,放送中の音声が聞こえていたのですが,ええっ? クラシックがかかってる‥‥! ローカルなFM曲は,ポップスやロックやせいぜいジャズや,そんなものしか流さないと思い込んでいたので,ちょっとびっくりしました. そうか‥‥ この電話のお相手の vallote さんは,ヴァイオリンとコントラバスでクラシックな曲を演奏しているちょっと変わったユニット,そのコントラバスの方(千木良さん)でした. 番組も,千木良さんも,とても良い感じでした.
何を喋ったか正確には覚えていませんが,下のようなことを喋ったと思います. もっと何か喋ったはずなんですが‥‥ ロックにも尺八が,とか言ったらスタジオから反応がありましたが,どういう流れで喋ったのか覚えていません. そういえば,「首振り3年・コロ8年」の話しもしましたが‥‥
なお,vallote さんのブログに紹介されています.
暖冬だと言われていた割にはえらく寒い日があったり,ちょっと前にはまるで初夏のような陽気になったり,昨日からはまた真冬に戻ったり. ジェットコースターに乗っているような陽気の変化です.
音楽にメリハリは不可欠です. 一本調子の演奏は聞いていてつまりません. もちろん,最初は楽譜を忠実に読み,メトロノームを使ったりして(本曲ではそうも行きませんが),キッチリした練習が必要です. でも,演奏する音楽に何か気持ちを込めるには,それだけでは足りません. とりあえず込める気持ちが無かったとしても,聞く人の身になって(?),とにかくメリハリをつける練習はしましょう. そういうのが本番で役に立ちます. とりわけ,一人で吹くしかない本曲では.
しかし,このところの陽気の変化は,もう,メリハリの範疇は超えていますね. まるで耐久試験を受けているような気になってきます. 音楽でここまでやったらもう,メリハリとは言わないで,メチャクチャ,です.
暑い日のあとで突然に冬に戻ったので,ずいぶんと寒く感じていますが,晴れていれば,お日さまの光はものすごく暖かい.
庭の紅梅(↑)と河津桜(←)が咲いています. メチャクチャな進み方ではありますが,それでも季節は確実に春に向かっています.
邦楽の演奏会のプログラムを見て,以前から思っていたのですが,疑問があります.
私の知っている,邦楽以外の演奏会では,かならず演奏曲目には作曲者(と作詞者)が書かれています. 例えば,だれでも知っている「交響曲第5番ハ短調 運命」であったとしても,ちゃんと「ベートーヴェン」と書きます. あるいは,作曲者のいない伝承曲・民謡であれば,「**民謡」・「**伝承曲」など書きます.
ところが,邦楽(特に三曲合奏など)のプログラムには,曲名しか書いてないのが普通のようです. 「六段の調べ」と言ったら八橋検校,「春の海」と言ったら宮城道雄,そんなのあたりまえ‥‥ たしかにそのくらいは学校の教科書にもあるのでしょうけど,どんな曲にも何も書いてない. 邦楽をやっている人たちだけなら,曲名だけで全部わかっているのでしょうが,そうでなければ,さっぱりわかりません.
邦楽をあまり知らない者が邦楽を聞きに行って感じる一種の疎外感は,こういうところにもあります. こういう閉鎖的な態度が,邦楽が衰退していく一つの原因なのかも知れません.
今日は「猫の日」だそうです.
このところ,空前の「猫ブーム」だとか. ブームはいいけれど,ブームで飼われ始めた猫が,ブームが去って,あるいは飽きられて,棄てられたり面倒見られなくなったりするんじゃないかと,それが心配です. 不幸な猫を増やさないでほしいものですね.
さて,我が家出入りの地域猫です. 今日のことです. 私が尺八の練習を始めたのを聞きつけて,窓の外に駆けて来ました. 「入れて入れて!」と盛んにアピールするので,部屋に入れてあげました. 私がそのまま尺八を続けようとすると,何か盛んに訴えます. 空腹なのかな,と,少しだけ食べ物をあげて,尺八を続けました. 一口食べただけで,尺八を吹く私の足元で,ますます盛んに何か言ってます. うるさいので床に腰を落としたら,すかさず膝の上に乗っかってきて,動かなくなってしまいました. 要するに,尺八に嫉妬していたみたいです :p
膝の上でゴロゴロされると,追っ払うわけにもいかず,しばらく猫と一緒にテレビを見て過ごしました. そのテレビで,今日は猫の日,とか,猫がブーム,とか知ったという次第です.
夜中,日付の変わるころ,ベランダでガタガタ音がして,目が覚めました. 戸を開けると,暗がりの中に何かいます. 猫が来たのかな,でももう寝ているんだから構ってあげないよ,と思いながら明かりを点けると,猫ではないようです. 色はいつも来る猫に似ていて,尻尾の縞柄はそっくりですが,猫より一回り大きいようです. 私と目が合いましたが,とくに慌てるでもなく,キョトンとした顔で立ち止まっています. アライグマのようです.
そこへ,いつからいたのか,猫の威嚇の声. 猫と私に睨まれて,アライグマはしぶしぶ,ベランダから屋根に降りて,屋根の上をウロウロしています. 猫ならそのまま庭に飛び降りるところですが,アライグマにはそれはできないようです. 庭の梅の木の枝にやっと飛び移って,下に降りて行きました.
アライグマを追っ払った猫ですが,私が気づくまでは(私が加勢するまでは)威嚇の声が出せなかったのかも知れません. その後猫は外に出るのを嫌がって,結局,朝まで家の中においてあげました. まあ,「猫の日」の夜だった,ということで.
しかし,アライグマとは困ったことです. もしかしたら我が家の床下に住み着いちゃったのかも知れません. うちに来る猫たちのお母さんも,一時,我が家の床下に子供たちを連れて来ていたようですから,床下への入り口があるみたいです. 横浜市環境創造局の「野生動物」のページ(写真はここから借用) によると,アライグマは北アメリカ原産の外来生物だそうですが,横浜市でもこのところ随分と増えているとのことです. とりあえず,燻蒸剤で床下から追い出して,入り口を塞ごうと思います.
でも,アライグマだって,もともと人間がペット(ラスカル!)として連れて来られたわけで,アライグマ自身には何の罪もないわけですよね. 野良猫と同じことです. 「地域アライグマ」にするわけにもいかないし‥‥
大地震からちょうど5年です.
でも,5年前の今日はまだ,原発の事は考えつきもしませんでした.
近くの野原に散歩に出たら,土筆(ツクシ)を見つけました. 神社の廻りの田んぼの畔です.
蕗の薹(フキノトウ)を食べれば寒さの底を過ぎたことを感じ,土筆を食べればもう暖かくなることを感じます. 私は子供のころから,春になるとどうしてもこの二つが食べたくなったものです. 蕗の薹は野菜の一つとして八百屋やスーパーの棚に並びますが,土筆は並びませんから,どこかで摘んでくるしかありません. 私がこのあたりに住み始めた30年少し前には,土筆どころか,蕗の薹や芹(セリ)も自生していました. 今は,かろうじて土筆が摘めるだけです. 蕗の薹も,自分で見つけて摘んだものと八百屋で買った栽培されたものでは,有難味が違います. 芹にいたっては,八百屋に行けば通年で手に入るので,なんだかもう,有難味はありません.
さて,そういうことで,この土筆たち,味噌汁の具として,美味しく頂きました. ごちそうさまでした.
やっと「春」です.
今日の吹合せ会. 参加者8(+1)名. とても良い会になりました. 曲目も実にうまい具合になりました(曲目の調整は一切していないのに). 本曲の独管は,日本列島の西南から東北へ,という順番にしてみました. 船関係の曲が3曲集まったのも,愉快でした.
本日のプログラムを記録しておきます.
大和楽(斉奏) 調子(斉奏) 紫鈴法(斉奏) 盤渉(一朝軒伝) 薩慈(一朝軒伝) 阿字観(一朝軒伝) 調子(普大寺伝) 霧海篪(普大寺伝) 三谷(布袋軒伝) 通り・門付け・鉢返し(根笹派錦風流) 虚鈴(普大寺伝・合奏) 舟歌(八代亜紀) 最上川舟歌 My Heart Will Go On 嵯峨野さらさら 花は咲く 荒城の月(合奏・許田編曲) 大和楽(合奏)
終了後の飲み会も,実に良い会でした. いい気持ちで帰宅したら,猫が玄関で待っていました. 猫は家に入ってきて,夕食を食べて,部屋の片隅でゴロゴロとノドを鳴らしながら,居座ってしまいました.
猫のゴロゴロを聞いていると,つい,いい気持ちで眠くなってしまいます. このゴロゴロってなんだろう,と思っていたら,!! 気が付きました. 般若心経の終わりのあたりに,「ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーハラソーギャーテーホージーソワカー」という,意味の分からない下りがあります(他は漢文として分かります). マントラ(あるいは真言)と言う部分です. そう. 猫のゴロゴロは,まさにこのマントラなんです. 本曲の目指すところなんです. 猫はお釈迦様の次くらいに偉いんです. (合掌)
「第17回 三曲歌ざんまい」が無事終了しました. 私は,編曲八千代獅子(宮城道雄編曲)と霧海篪(普大寺伝 坪井應龍編曲)の2曲を演奏しました.
最初の出番を楽屋で待っている時のこと. 八千代獅子の楽譜がないっ! 荷物は出がけに慌てて準備したので,間違って別の楽譜を持って来てしまったようです. もう完全にパニックです. 他の人の楽譜(琴古譜)では読みにくいし,そもそもメガネの焦点の問題で隣りの楽譜は見えないし. 実は,ごった返した狭い楽屋の中で,他人の楽譜とゴチャゴチャになった中に,私の五線譜もあったのでした. 出番の寸前に見つかったからよかったようなものの,これは精神的に物凄く参りました.
これで疲れたせいでしょうか,霧海篪の2尺7寸管の4孔を塞ぐ指に力が入らなくなってしまいました. 必死の思いで,こらえて,なんとか最後までたどり着きましたが,こんなに辛い思いをした本番は,初めてだったかも知れません(; ;)
霧海篪の演奏の録画を youtube にアップしました. 随分と傾いた画像になっていますが,ご容赦下さい.
「楽譜忘れた!」なんてことにならないように,準備は前もって余裕をもってしておきましょう(^^;;)
13日・14日で,京都・大阪の桜を見てきました.
大阪は,大阪造幣局の通り抜け. 染井吉野と山桜と河津桜くらいしか区別の出来ない私には,びっくりするような,これが桜か!?と言いたくなるような,黄色や緑っぽいのとか,いろいろな桜が植えられていました. おかげで,しっかりと花見はでき,ちょっと雨気味ではありましたが,充分に楽しめました.
京都では,雨宝院というところが見事でした(見事な花吹雪でしたが). 仁和寺の御室桜は,入り口に「落下さかん」という立て看板がありました.
京都・嵐山はさすがにほとんど終わっていたので,天龍寺にお参りしてきました.
ここで思ったこと‥‥
自分を撮影するための奇妙な棒を構えて一人微笑む光景の異様なこと.
書院の畳に車座になって座り込み,ワイワイお茶を飲み始める集団.
立ち入り禁止の場所に平気で入って写真に納まる女性.
障子を指でツンツンする若者.
参拝する人を真後ろから撮影し,そのまま須弥壇や社の中まで撮影する人.
‥‥みんな外国人観光客です.
日本語が分からないとしたって,文化を尊重する気持ちがあれば,何をしてよくて何をすべきでないか,雰囲気で分かりそうなものですが.
欧米系の外国人には,こういう人は多くないようです.
なお,日本人にも酷い人がいるのは残念です.
お寺で柏手を打ったり,手水の作法が出鱈目だったり.
ところで,京都の桜はこれまでに何度も見ているので,本当は,今年は熊本の桜を見に行きたいと思っていました. もしもこの日程で熊本に行っていたら,大変な目に合うところでした. 熊本の地震のニュースは,帰りの新幹線の中で知ったのでした.
今日,4月20日は逓信記念日. 少年時代にアマチュア無線をやっていたり,郵政省電波監理局(当時)への就職を考えたことがあったりして,この日には関心がありました. 実はこの日は,偶然にも,私の誕生日でもあります.
ということで,今日は私の誕生日でした. 孫には「おめでとう」と言われましたが,しかし,つまり,「前期高齢者まであと1年に迫った」と言うことでもあり,目出度いのやら目出度くないのやら. でもまあ,ここまでとにかく,大病も大怪我もなく,大した苦労も挫折もせず,なんとかやって来られたことは,大いに感謝するに値することです.
さて,尺八1万時間達成まで,あと5年弱の予想. はたしてそこまで行けるでしょうか. 最近,本曲よりも外曲と,それにもましてフルートに時間を使っているところです. フルートに使う時間も尺八の練習時間に含めています‥‥フルートも尺八修練のため,ということで (^^;)
驚きました. ノーベル文学賞がボブ・ディランに決まったそうです. 村上春樹が云々とかいうことにまったく関心はなく,文学賞のことなんか気にもしていませんでした. 一瞬,耳を疑いましたが,やった! と小躍りしてしまいました.
ビートルズにはたいして興味がありませんでした. 私にとってはボブ・ディランでした. そしてピーター・ポール&マリー,ジョーン・バエズ. ただ,ボブ・ディランがフォークからロックに転向した頃から私もフォークから離れたので,その後のボブ・ディランは良く知りません.
ノーベル賞と言えば,日本人の受賞者が随分と続いています. でも,その受賞者たちがよく口にするのは,この先,日本人の受賞者はいなくなるだろう,とのことです. 私もそう思います(文学賞だの平和賞だののことは知りません). 私の少年時代には,ノーベル賞と言えば湯川秀樹でした. みんな湯川秀樹を最高の目標と思い,もちろんどんなに逆立ちしたって届きっこないことは分かっていても,ちょっとは夢にみていたと思います. 多くの日本人受賞者は,そんな少年時代を過ごした人たちではないでしょうか. しかし,今の少年たちのどれほどが,そんな夢を持って(持てて)いるのでしょう.
ボブ・ディランのノーベル賞は,なんだか微妙なようですね. それはさておき‥‥
コンラート・ローレンツという,動物行動学でノーベル賞を受賞(1973年)した人がいました. 「ソロモンの指輪」(早川書房)の著者です. その翻訳者は,日高敏隆という人です. 日高先生の「ネコたちをめぐる世界」(小学館)を読み返してみました(20何年かぶりです). その本の終わりに近いあたりに,「ネコも所詮は人間にすぎないのだ。」という下りがあります. これはまったく愉快で,凄い表現です.
地域猫の,例の猫は,暑い夏も長雨も乗り切って,元気にしています. 彼女と関わっていると,猫ってこんなに賢くてこんなに豊かな感情までもっているのか,と,驚かされます. 指さして言葉で言っただけなのに,家の中に置いたトイレをちゃんと覚えてくれました. 暑い間は,外から我が家に入ってくるたびに,一緒にお風呂(シャワーだけですが)に入りました(そうしないとノミが‥‥). 昨夜は一晩,私の布団でいっしょに寝ました. ‥‥もう,ノラ猫とはとても言えませんね (^^;;) ただ,この猫,最近ちょっと憎たらしいのは,昔は私の尺八を静かに聞いていたのに,この頃では,私が尺八を吹き始めるとふっといなくなってしまうことがあります. (どうやら,同じ尺八でも,彼女の耐えられない音と許せる音があるようです).
さて,「ネコたちをめぐる世界」は読み終えたので,ついでに「ソロモンの指輪」も読み直してみます. ただ,「ソロモンの指輪」には猫は登場しません. 日高先生によれば,ローレンツは猫はお嫌いだったとか.
今年も尺八吹合せ会は,「東戸塚地区センターまつり」に出演します. 出演者は,過去最高の8名となりました. しかも,ピアノ伴奏付きです.
場所:東戸塚地区センター(JR東戸塚駅近く) 日時:10月23日(日) 13:50-14:20(出演予定)
無事,終了しました. お聞き下さった皆さんからは,かなり良い評価をいただきました. ありがとうございました.
>> 録画を youtube にアップしました.次は,11月3日(木・祝)の,港南区区民文化祭. 根笹派錦風流「調・下り葉(裏調子)」を,虚無僧姿で演奏する予定です. これは私一人. 出演予定時刻は13時25分,会場は横浜市港南公会堂です.
先日,「ソロモンの指輪」を読む,と言ったところですが,書棚から取り出してはみたものの,すぐに棚に返して,隣りにあった内田百閒の「ノラや」を読み始めてしまいました. 読む,と言っても,昔のようには活字が読めません. とくに文庫本は字が小さいのですぐに放り出してしまいますから,なかなか読み進めません. もっとも,読み進んでも読み進んでも「ノラが帰ってこない」という話しが延々と続きますから,読むほうも悲しくなって,たぶんもっと悲しい結末があるのだろうと,読み進める気力も萎えてしまいます.
内田百閒という人は,夏目漱石の弟子でもあったようです. もともと猫が好きだったわけではないようですが,元はノラ猫だった「ノラ」を随分とかわいがったようです. この作品は,そんなノラのこと,特に失踪してしてからのことを書き綴った日記のようなものです.
私は昔から猫は好きでしたし,そもそも猫と一緒に育ちました. 以前,そんな猫たちの事を書いておきました.
>> 僕と猫 >> 僕と猫たち今,我が家にノラ猫(今は地域猫)が出入りしています. このページにも時々写真とともに登場してきた猫です. このさい,この猫の事を文章で残しておこうかと思い始めました.
2016.10.26
コナの日々(1)十月(2016年)も下旬,だいぶ冷えるようになってきた. 寒いのが苦手な猫は,野外で暮らすのも辛かろうと思うのだけれど,コナはほとんど外で過ごしている. コナというのは,我が家に来ている地域猫に付けた名前だ. 彼女の母親をナンと呼んでいたので,ナンの子でコナン,それではなんだか探偵みたいだし小さな雌猫(いまでは立派な大人になったが)には相応しくないから,いつの間にかコナと呼ぶようになった. コナは生れて二年半,いつのまにかほとんど飼い猫のようになってしまったけれど,本当はノラ猫なのだ. 夜が寒くなったこのところ,僕が寝ようとするころになると,コナは家に入ってきてそのまま泊まっていくことが多くなった. 早寝早起きを心がけようとは思うものの,ついつい夜更かしをしてしまうから,布団に入るのは12時近くになってしまう. 11時ころになると,コナは2階の僕の寝間で丸くなる. 延べた床に腰を下ろすと,コナはさっそく膝に乗ってくる. これでは僕が寝られないので,部屋の片隅にコナ用に毛布を用意した. 問題は朝である. 夜明け,4時半ころにはコナは起きだす. 自分が起きるだけならそれで構わないのだが,僕にも起きろと言う. 枕元に来て鼻を鳴らし,小さくニャニャッと言い,それでも僕が起きないと,布団の端を前足でトントンつつく. 今朝はさらに新しい技を思いついたらしい. 寝ている僕の額に前足をペタッと載せるのだ. これには堪らずすぐ起きた. コナの目的は,僕を階下に連れて行くことだ. 1階に置いた猫トイレに行くにせよ,やや(ものすごく)早い朝食をするにしろ(まず間違いなく昨夜の残りがあるはずなのだから),自分一人で行けばいいものを,何が何でも僕を連れて行きたいらしい. ちょっとの食事と用足し(しないこともあるが)が済めば,僕にはもう用がないらしく,雨でも降っていない限り,そのままさっさと寒そうな外に出て行ってしまう. 僕の方は,それからもう一眠り. 二時間ほどして次に僕の目を覚ますのは,ベランダの窓の外から聞こえるニャニャッ!の声. |
このところ,医者通いだの家事イベントだの,なんだかんだとさっぱり尺八のことが -- 練習も編曲の準備も,まるでできません. かなりイライラが募っているところです. 1万時間の達成予定も,どんどん遠ざかっていきます. 猫の話しなんか書いてる場合じゃないんですが‥‥
2016.10.28
コナの日々(2)このごろは毎晩のように泊まっているけれど,夏の暑い間はほとんど泊まることはなかった.暑い昼間はどこか物陰で涼んでいるのだろうか,夕方,暑さがおさまるころまでは姿を見せない. 家に入ってくると,まずは夕食,一服したら風呂をつかって(シャワーを浴びて),のんびりと僕のお酒にも付き合った後,僕が寝るころにはさっさと外に出て(帰って)行ってしまうのだった.そう,その前に,忘れずに夜食を食べる.翌朝にはまた朝食を食べに来る.よく食べる猫だ. 猫を風呂に入れるようになった経緯(いきさつ)はこうだ.七月になるころ,ノミが大量に湧いて,大騒ぎになった.僕も家内も,足がボロボロになってしまった.コナ本人もずいぶんと辛かったことだろう.燻蒸・燻煙剤はまるで効果が無い.ノミ取り櫛では切りが無い.それで猫ごと丸洗いすることにしたのだ.効果覿面(てきめん),おかげでノミはすっかりいなくなった. はじめは石鹸や僕の使うシャンプーで洗っていたが,猫の肌はとても弱いと聞いて,慌てて猫用のシャンプー(ノミ取りシャンプー)を買ってきた. 猫は水を嫌うというのに,よくも聞き分けよく洗わせてくれるものだ.しかも小さい幼猫ではなくて,2歳を過ぎたノラ猫だというのに.この猫は人の意図がよく理解できる,とても賢い猫らしい. もちろん,一回でシャワーできたわけではない.一日目は風呂場でノミ取り櫛をして濡れたタオルで体を拭いたただけだ.二日目,腰から尻尾のあたりだけにちょっとシャワーをかけた.三日目,肩のあたりまでかけて石鹸も少しつけた.四日目ころから体全体を洗えるようになった.しばらくして馴れてきたら,浴槽に前足をかけて洗いやすい姿勢になってくれるようになった.ノドをゴロゴロならしながら. 暑い夏が終わるとともに,猫の入浴はお休みとした.おとなしく体を洗わせてくれるコナだけれど,ついにドライヤーは駄目だった.ドライヤーさえ大丈夫なら,冬でも一緒にお風呂がつかえるのだけれど.来年夏,ノミが湧く頃にはまた始めよう.きっとコナはそれまでお風呂のことを覚えていてくれるだろう. |
港南区民文化祭,例年通りの虚無僧姿で,根笹派「調・下り葉(裏調子)」を吹きました(今回は1尺6寸).
出番は13時25分のはずで,このページにもそう書いたし,いろいろな人にもそのようにアナウンスしていたのですが,なんと!20分も早く出番になってしまいました. まだ着替えにかかってもいない時に呼びに来られて,まさに大慌てでした. 慌てて,脚絆を左右逆にしてしまったり,帯を締めてから着物が裏返しであることに気づいたり,本当にパニックってしまいました. 落ち着いていればもう少し手早く着られるだろうに,かえって手間がかかってしまいました. 替え竹を腰に差すのも諦めて,舞台袖に走り,心の準備も整わないうちに舞台に飛び出すことになりました. まったく冷や汗ものでした.
着替えなんてすぐにできる,と,高を括っていたのですが,こんなハプニングもあります. 準備は,いくら早すぎると思っても,充分に余裕をもってしないといけませんね. 猛省です.
>> 録画を youtube にアップしました.
2016.11.03
コナの日々(3)十一月になった途端,十二月半ばの寒さだという.堪ったものではない.それでもコナは元気で外で過ごしている.考えてみれば,昨年(一歳)の冬も一昨年(生まれた年)の冬も,雪の降る夜を外で過ごしてきたのだから,この位の寒さはまだ何のこともないのだろう. 僕の夜更かしに倣ったわけでもなかろうが,このところ僕が寝る時刻にはやって来ない.一眠りしたころ,つまり夜中の1時過ぎになって,ベランダの窓から僕を呼ぶ.窓を開けてやると,さすがに寒かったのだろう,部屋に飛び込んできて,そのまま僕の布団にもぐり込んでしまう.しかし僕が再び寝込む頃には布団から這い出して,掛布団の上に落ち着いてしまう.僕にしてみれば,寝返りが打ち難くて,かなり寝苦しいのだが. 寝るのが遅くなったからと云うことだろうか,僕を起こす時刻も遅くなって6時ころになったのは結構なことだ.ということは猫が夜に続けて眠る時間は5時間くらい,ということだろうか. さて,コナを家に泊めるようになった経緯(いきさつ)を書いておく. それは,コナが2歳を過ぎた今年の春の終わりころのことだ.ある日の深夜,ベランダで寝ていたコナが,キイロイヤツに襲われた.僕はけたたましい悲鳴で飛び起きた. キイロイヤツというのは今年になってからよく見かけるようになった若い猫で,薄い茶色,というより黄色の「イヤなヤツ」なのでそう呼んでいる.キイロイヤツは,なぜかコナを目の敵にして,執拗に攻撃してくる.うちの近くで待ち伏せして,襲いかかる.凶悪なストーカーみたいだ.近所に猫はたくさんいるが,コナを襲う猫はこいつ1匹だし,こいつが襲うのもコナ1匹のようだ.どうもコナだけに特別な憎悪を抱いているとしか思えない.猫にそんな感情があるものだろうか. その夜,コナとキイロイヤツは屋根の上で取っ組み合いをした.コナにとってとんでもない災難だったのは,たまたま屋根に載せてあったゴーヤ用のネットにコナが絡まって動きが取れなくなってしまったことだ.そこをキイロイヤツは思う存分攻撃する.僕は助けに行きたくても,ベランダから屋根には簡単には行けない.怒鳴ってもなんの効果もない.人間がそこまで行けないことをキイロイヤツは分かっているようだ.家内が棒を持って来てくれたが,棒が届く距離をちゃんと見切っている.悔しいが,キイロイヤツも賢い. さんざん痛めつけられた挙句,コナは屋根から庭に墜落し,キイロイヤツに執拗に追いかけられて逃げて行った.それから1週間,コナは姿を見せなかった. やっと戻ってきた時,後ろ足は跛(びっこ)をひいていて,ほんのちょっとした段差でも飛び乗れない.屋根なんてとんでもない,階段さえも大変な様子だった.この1週間,怪我が癒えるまで,どこかでじっと耐えていたに違いない.その間,おそらく何も食べてはいないのだろう.命からがら,文字通り,這って帰って来たのだ.コナが「来る」,ではなくて「帰ってくる」と思うようになったのはこの時からだ. さて,そんな状態だから,怯えていて外に出ようとしない.出すのは忍びない.そんなわけで,とにかく家の中でかくまうことにしたのだった. |
2016.11.07
コナの日々(4)昨夜もうちに泊まったコナだけれど,昨夜は僕の布団ではなくて,食卓の椅子の上で朝まで眠っていたらしい.僕が寝る前にやってきて,夜食を食べたら,椅子の上で眠りこんでしまった.夜中に僕が用足しに起きた時も,そのまま同じ場所で眠っていて,僕に気づきもしなかった.そして朝の5時頃,僕は猫パンチで起こされた.どうせこうなるだろうと,夜の間に猫の朝食は準備しておいたから,たぶん食べてから来たのだろう.ベランダの窓を開けてやったら,そのまま出て行ってしまった.朝食はやっぱりしっかり食べてあった. 今日は良い天気だったから,午前中は家内と庭いじりをして過ごした.コナも手伝っているつもりなんだろう,ずっと一緒に庭にいた.ただ,猫の手はあんまり役には立たなかったけど. さて,初めてコナをうちに泊めるようになったころのこと.ノラ猫を,夜の間も家の中に留めおくにあたって,とても心配なことがあった.猫の用足しの問題だ.実はあらかじめ僕は家内には内緒で,猫トイレを買ってあったのだ.しかし,2歳にもなるノラ猫に,突然トイレの躾ができるのだろうか.檻でもあれば別なのだけれど. ところが,これがまた不思議なことに,コナはすぐにトイレを覚えてくれた.しかも指さして人間の言葉で言い聞かせただけだったのに.とにかく,その日の夜,トイレの中でオシッコをした.やがてウンチもするようになった.どうやら,オシッコは日に2度ほどでよくて,ウンチは1日に1度だけど,2日か3日しなくても大丈夫らしい(便秘が心配になったこともあるけど). それにしてもコナの聞き分けの良さには驚いてしまう.もしかしたら人の言葉が分かっているのではないだろうか.トイレのことや風呂のことの他にも,いろいろある.「ちょっと用事があるから降りててね」と言えば寝ていた僕の膝からすぐに降りてくれる.壁や家具にはけっして傷を付けることもしない. さてそんなことで,うちに泊まるようになったコナだが,部屋猫にしたわけではないから,外には出る.そもそもノラ猫なんだから.だから,その後も時々キイロイヤツには襲われることがあった.何日も帰らない日が続くことが何度もあったが,きっとキイロイヤツに追われて,どこかに隠れて息をひそめていたのだろう. それにしても,どうしてキイロイヤツはこうもコナばかりを目の敵にするのだろうか.なぜそこまで徹底的に憎むのだろうか.どうやらキイロイヤツは人間である僕も憎んでいるように見えるし,少なくとも僕を恐れてはいない.キイロイヤツにとって,自分と同じノラ猫なのにコナばかり僕という人間から餌をもらって可愛がられていることが許せなかったのかも知れない.どうしようもなく妬ましかったのかも知れない.しかし,可哀そうだけれど,キイロイヤツはただのノラ猫で,コナは地域猫なんだ. |
2016.11.18
コナの日々(5)コナが地域猫になったのは,一昨年の初夏,生れて2ヶ月くらいのことだ. うちの庭でいつも遊んでいたコナと妹のグレ,その2匹の世話をしに通って来るコナたちのお母さん(ナン)の3匹が,ある日を境にさっぱり姿を見せなくなった.またどこかに引っ越して行ったのかと思っていたが,2週間ほどして,ナンが戻ってきた.見ると左の耳の先端が少し欠けている.どこかの猫にでも食いちぎられたのだろうか.それからじきに,コナとグレも現れた.子供たちの耳もまったく同じように切り取られている.これは猫どうしの喧嘩ではない.誰かに酷い悪戯をされたに違いない.可哀そうに. この耳カットが地域猫のしるしであることを,しばらくして知った.地域猫というのは,飼い主の無いノラ猫を増やさないために,ノラ猫を不妊去勢手術して,元いた地域に放し,一代限りの生を全うさせる,ということだそうだ.ノラ猫は人間の暮しに迷惑だ;かと言って生まれてきた猫を殺処分するのも験(げん)が悪い;じゃあ,子供を産めなくすれば,いずれみな死に絶えてノラ猫はいなくなるだろう‥‥と,人間の都合の良い論理ではある. だれがコナたちを地域猫にしたのかは分からない.が,地域猫は餌の世話を誰かがするのが前提だ.だったら,僕もコナたちに餌をあげてもいいだろう. そんなわけで,僕はうちの庭にいる2匹の地域猫,コナとグレには時々食べ物をあげることにした.といっても,最初からキャットフードを用意したわけではない.煮干しや魚肉ソーセージや,要するに自分が食べるもののうち猫が食べそうなものを少しあげただけだ.乳離れしてからもお母さん(ナン)は仔猫たちに何か食べ物を運んでくるようだったが,自分たちでも爬虫類や昆虫などを捕まえて食べていたようだ.とりわけ夏の間は,弱った蝉が勝手に落ちてくるから,濡れ手に粟みたいに餌が手に入ったようだった.しかし,秋が過ぎて冬になると,さっぱり食べられる小動物がいなくなった.そのころ初めてキャットフードを買ってきた. ところでコナの兄弟は,コナとグレの他に,あと2匹いた.グレは,いわゆるサバトラ,つまり灰色(グレー)なのでグレとした.けっしてグレていたわけではない.もう1匹,グレとよく似たのをニグレ,黄色(薄いチャトラ)のをキナと呼ぶことにした.キナだけが雄のようだ. 乳離れする頃からナンは子供たちを別々の所に配置したようだ.ニグレはうちの裏手のどこかのお宅,キナも少し離れたどこか,グレはうちの向いのお宅,そしてコナは我が家. コナとグレはとても仲が良くて,いつも2匹は一緒にいた. キナは,うちにはさっぱり寄りつかず,いつのまにか見かけなくなった.だから,その後の行く末を知らない.しかし,もしかしたら,コナを徹底的にいじめに来るキイロイヤツとは,実は大人になったキナなのかも知れない.年恰好からも色・模様からもそんな気がする. ニグレは時々うちの庭に現れた.餌を欲しがっているようにも見えたが,ついに何もあげなかった.ニグレも地域猫にはなっていなかったからだが,僕の心は痛んだ. ニグレとキナは人間に心を許さず,人間には近づかなかった.おそらく,人に懐くような猫は捕まって処分されたり,運が良ければ地域猫にされ,人に懐かない猫はそのままノラ猫になるのだろう. |
2016.11.22
コナの日々(6)そういえば最近,キイロイヤツが来なくなった.おかげでコナは安心して寛いでいる.しかし,キイロイヤツだけでなくて,他の猫たちの姿も減ったようだ. うちの周りにはたくさんの猫たちがいた.飼い猫かノラ猫か地域猫かはわからないが,僕が名前を付けて個体識別している猫だけでも,会長(足先やお腹が白い以外は真っ黒な,実に貫録のある雄猫.まるで猫の町内会長のようだ),副会長(二番目に貫録のある大雑把な模様の三毛猫.三毛猫だから雌なんだろう),ヨタ(腰を痛めているのかヨタヨタと歩く灰色の猫),等々.でも,みんなとんと見なくなってしまった.長老(灰色の老猫)はかなりの高齢のようだったから,もうこの世にいなくても不思議ではないが,他の猫たちはどうしてしまったのだろう. ニグレも見なくなって久しい.お向かいのお宅の庭から隣りの町内に先の方に引っ越して元気にしていたグレも,すっかり見なくなった.彼らのお母さん(ナン)も見なくなってしまった. ナンは,しばらく前,今年の秋の始めころまで,隣りの町内のアパートの前でよく見かけた.買い物の途中で出会うと,僕をよく覚えていて,寄ってきてくれたりした.僕の足にすり寄ってくることもあって,お前の娘のコナも元気にしているよ,などと声をかけながら,撫でてやったりした.まあ,そんな報告しなくても,ナンとコナも直接会っていたんだろうけど. ナンはコナたちが独り立ちしてからは,滅多にうちの庭を通りかかることはなかった.去年の夏,僕の母が亡くなった.荼毘の日の朝,出かけようとしたら,玄関先にコナがいた.コナはまだ家に入ってくるようなことはなかったころのことだ.ああ,コナが見送りに来てくれたんだな,と思いながら目を移すと,あれ?たった今ここにいたコナがあっちにいる?目を戻すとやっぱりここにコナがいる.そうか,どっちかがコナでもうひとりはナンなのか.ナンとコナは,呆れるほど似ている.身体だけではまるで見分けがつかない.顔をよく見ると,額の上の模様のほんの一部が左右逆になっているだけだ.ナンとコナ,母娘そろって見送りに来てくれたのかと思ったら,涙が出てしまった. 僕の母は96年と半年も生きたから,もう諦めはつく.だけど,まだ寿命(猫としての寿命だけど)をまるで全うしていないナンやナンの子供たちは,もしもう命を落としたのだとしたら,哀れなことだ.それでも地域猫になったおかげでほんの少しは生きる時間を伸ばせたのかも知れない.せめてコナはもうしばらく平穏に生きさせてあげたいと思うのだ. 明日は,お寺で尺八を吹くことになっている.僕は母の追善供養の気持ちをこめて献笛するつもりでいる.ついでに,猫たちの安寧も祈ることにしよう. |
2016.11.25
コナの日々(7)まだ11月中旬だというのに,雪が降って,積もった.一冬に一度も雪を見ないこともあるような土地なのに.今朝は一転,良く晴れて,屋根の雪も融けはじめ,まるで早春のような晴れやかさだ.コナたちのお母さん,ナンを見かけるようになったころと,ちょうど同じような空気だ. ナンがいつどこで生まれた,どういう素性の猫であるのか,知らない.僕がはじめてこの猫の存在に気付いたのは一昨年(2014年)のまだ寒い春先のことだ. 我が家の狭い西向きの庭は昼過ぎまではまるで陽が当たらないから随分と寒いが,それでも午後になればよく陽が当たって暖かくなる.ある穏やかな日の午後,ふと庭に目をやると,片隅の落ち葉のプールの陽だまりに猫が丸まっていた.まるでパレットの上の絵の具をデタラメに混ぜてしまったような,茶色っぽい色がゴチャゴチャした,いわゆるトラネコだ.まだ子供だから,去年(2013年)の春にでも生まれたのだろう.僕を見ても,そんなに慌てて逃げようとはしない.人によく馴れているようだから,どこかの飼い猫だろうか. そんなことがあってから,この年の春先にはずいぶんと雪が降った.午後しか陽の当たらない庭の雪はなかなか融けず,雪が積もっている間,ナンは現れない.来てもいるところがないから.やがて雪が融けて,落ち葉のプールが復活すると,また猫はやってきた.だから,やはりこの猫はノラ猫ではなくて,どこかの飼い猫なのだろう.そうでなくては,この雪の中でどうしてこんな子供が生き延びられるだろう. もっとも,雪の中でも盛んに活動する猫もいる.ノラ猫は雪が積もっていたって,自分で餌を探すしかないのだから,寝ているわけにはいかなかろう.会長は厚く雪の積もった道をノッシノッシと,町内の見回りをしている.たぶん,うちの人間の町内会長は,炬燵にもぐって丸くなっていることだろう. 僕はこのころ,庭に面した部屋でしばしば尺八の練習をしていた.僕が尺八を吹き始めると,落ち葉のプールにいた猫がひょいと顔を上げる.僕はそれでそこに猫がいることに気付いたのだ.尺八の音がしても,猫は顔は上げるだけで,逃げ出しはしなかった.僕は,大きな音のする曲はやめて,穏やかな曲を穏やかに吹いた.すると猫はそのうち頭を垂れて寝入ってしまった.まるで僕の尺八を子守唄のように聞いているみたいだ.なんてかわいいやつなんだ! 午後の日差しが暖かいころになると,僕は庭のベンチで,ビールをよく飲んだ.ビールには何かちょっとしたツマミが欲しい.初めはポテトチップスだの柿ピーだのを片手に飲んでいたのだが,だんだん魚肉ソーセージや小魚の煮干しを選ぶことが多くなった.そう,ついでに猫にも上げるためだ. あとで知ったことだが,煮干しや鰹節は猫の尿路結石の原因になるのだそうだ.最近までコナにもあげていたが,やめることにした.ただ,コナは煮干しや鰹節もありかを知っているので,じっとそこを見つめて,ニャニャッ!と言う.仕方がないので,煮干しや鰹節でわざわざ味噌汁の出汁をとってから,塩分と一緒に旨味まで抜けてしまった煮干しや鰹節をあげている.それでも喜んでくれるから,まあ,いいか. |
2016.12.16
コナの日々(8)いつの間にか12月も半ばを過ぎてしまい,今年もあと十数日.今日は今季一番の冷え込みだとか.とても寒い.でも今日は,嬉しいことがあった. 出かけようとして,庭のコナに見送られて外の道に出た.道の向こう側に猫がいる.あれ?コナ? コナそっくりだけど,なんだか違う.慌てて庭に戻ったらコナはそこにいる.じゃあ? ナン? 声を掛けたら,近寄ってきた.ナンだ.額の模様がナンだ.確かにナンだ.僕をちゃんと覚えていてくれたのか,身体も頭も撫でさせてくれた.よかった. もう3ヶ月くらいにもなろうか,家の周りにいた猫たちをさっぱり見なくなってしまっていた.心配していたのだけど,数日前から何匹か猫を見かけるようになった.名前を付けてはいなかったけれど顔見知りだった猫たちにもあった.副会長(大雑把な三毛猫)にもあった.そしてナンも無事で元気だった.よかったよかった. ナンと出会ったころのことに話を戻す.ナンに付けた「ナン」という名前のこと.ナンは最初から「ナン」だったわけではない.僕は,猫を見ればとりあえず「ニャン」と呼ぶ.道端で出会った猫にもそうなのだから,我が家の庭に現れた猫にももちろん「ニャン」と呼びかける.だからナンも最初は「ニャン」だったのだ. しかし,ナンをしばしば見かけるようになると,他の猫と区別して呼びたくなる.ニャンでは猫一般だ.それで,次第にニャンが訛って「ナン」と呼ぶようになったのだ.「ナン」ではインドのパンみたいだが,それでもいい.「南無」と漢字で書けばいい. ナンは,うちだけではなくて,お隣や近所の玄関の戸口にしばしば佇んでいた.だれかが出て来て何かをくれるのを静かにまっている,という風情だ.けっして「くれ!」と要求するわけではないし,そのへんにあるものを狙っているということでもない.しばらく待って,何ももらえなかったら次の家の戸口に行く‥‥まるで托鉢僧のようだ.だから,ナンは「南無」だ.雌猫に相応しくないかも知れないが,この時はまだナンが雌なのか雄なのか知らなかった. しかし,托鉢をしている,ということは,飼い猫ではないのではないか? この時,そう思った.そしてそれは正しかった.ノラ猫だったのだ.そしてやがて地域猫に. |
なんだか,すっかり猫サイトのようになってしまいました. 猫の事ばかり考えているわけではありません. ちょっとは尺八と,ついでにフルートの練習も,しています.
虚無僧研究会(11月23日)でも演奏しました.
>> 録音を youtube にアップしてあります.
曲は,盤渉(一朝軒所伝)です.
youtube の画像はこの曲の楽譜(私製版)ですが,実際にはこれより1音高くなる手で吹いています.
いろいろ書き込みをしていますが,本番は暗譜です.
12月11日には,「花みずきの会 (港区邦楽邦舞連盟) 和の舞台大集合」というところで,「編曲 八千代獅子」と「編曲 虚鈴」を演奏しました. 八千代獅子の編曲は宮城道雄,そして虚鈴の編曲は,私,です (^^;;)
さて,次は,1月21日の「杜のホールはしもと アンサンブルコンサート」です. 初めてのピアノとのデュオ. 本曲からガラッと変わって,春の海,オンブラ・マイ・フ(ヘンデル作曲),鳥の歌(カザルス編曲),アメイジング・グレイスを予定しています. これからしばらく,この4曲の練習を中心にしようと思いますが,あと一ヶ月,果たして間に合うでしょうか‥‥
2016.12.27
コナの日々(9)春のうららかな午後の庭のビールの美味いこと.それをさらに,猫の影が三十倍くらいも美味くしてくれる.ついに,庭に七輪を持ち出して,キノコや野菜や,ついでに少しの肉などを焼きながら,ビールを飲むようになった.ただし,ご近所の手前,煙とにおいの出る魚はなるべく控えることにした. この様子を,ナンは少し離れて見ている.焼けた肉は,少しだけ,もちろん少し冷ましてから,ナンにも(ナンにも肉にも失礼だとは思うけど,投げて)あげた.野菜やキノコは僕だけのもの.もちろんビールも僕だけのもの. ところで,猫が野菜やキノコを食べない,とは必ずしも言えないのかも知れない.猫は時々庭の草を食べるが,それは薬とか嗜好品の類かも知れない.しかしそういうことではなくて,鰹節を乗せた「猫ご飯」ならいざしらず,ただのご飯を,がつがつと貪り喰う猫を見たことがある. ナンに出会う少し前の2月だった.2月最初の午の日は,初午といって,地の神様に赤飯をあげてお祀りすることになっている.私の生家(静岡)の地の神様だから,現在住んでいるところ(横浜)ではないけれど,生家の方角(西)に向かって,我が家の庭に赤飯を供える.供えた赤飯は,たぶんいつも鳥が食べくれているのだろうと思っていた.ところがこの年,赤飯を食べたのは猫だった.よほど腹が減っていたのだろう,夢中で貪り喰っていた.一年で一番寒い季節,きっとノラ猫にとっては一番厳しい季節なのだろう.僕のまだ42歳だった父親も,2月初めの,とても寒い日の朝に死んでしまった.猫を本当にアンカ替りにするしかないような状況で,衰弱していた身体が寒さに耐えられなかったのだろう. 余談.うちの地の神様というのは,実は伏見稲荷で,うちがずいぶんと栄えていた明治時代にはるばる伏見から勧請したとのことだ.昭和になってから,社の場所を移したのだそうだ.ところがこの時の神主さんが,豊川稲荷と勘違いしたらしい.豊川は近くで伏見はとても遠い.だからまあ,勘違いも無理からぬことではある.以来,うちの地の神様は伏見稲荷と豊川稲荷の混合になってしまったようだ. さて,そんなことで,毎日々々ビールを飲んでいた.ビールを飲んでいればナンが現れる.ナンが来るのを楽しみに,またビールを飲む. そうこうするうちに,ナンに異変がおこった.うちの庭に会長(腹が白い黒の雄猫.このあたりのボス)が現れ,ナンを追い掛け回すようになった.ナンはまだまだ子猫だ.いくらなんでもこんな子猫が‥‥と思っていたのだが,5月の連休のころ,腹が大きくなっていることに気が付いた.さて困った.そう思っているうちに,さっぱりナンは姿を見せなくなってしまった.やっぱりどこかの飼い猫で,自分のうちで出産したのかな,そうだったらいいな,と思っていた. 5月下旬,近所でミーミーと仔猫の声がしはじめた.どこの猫の子供だろう.しばらくは分からなかった.ある日,うちとお隣の間に,仔猫が4匹いる.母猫は‥‥ナンだ.ナンが仔猫4匹を連れてうちの庭に越してきた. ナンたちは,しばしば引っ越しをしているらしい.仔猫たちの声は,毎日のように聞こえてくる場所が変わっていた.近所の家々の庭や軒先や物陰を転々としている.猫にウェルカムな家もあれば,そうでない家もある.軒先にいつも猫の餌を用意している家もあるが,嫌がる家は多い.うちのすぐご近所の軒先にナンたちがいた時のこと.その家の御主人が,ホースで仔猫たちたちに向けて放水しているのを見た.無闇に餌を与えるのも問題だけれど,こんな虐待は僕には堪えられない. ノラ猫は難しい問題だ.ノラ猫だって,ノラ猫になりたくてなったわけではない.ノラ猫として生まれたくて生まれたわけではない.ノラ猫は人間に迷惑をかけたいわけではない.ただ,一生懸命に生きているのだ.たぶん,どのノラ猫も何代か前は飼い猫だったろう.飼い猫として生まれたのもいるだろう.猫を飼っていたのは人間.飼い猫を棄てたのは人間.ノラ猫を迷惑に思うのも人間だ. |