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着物ちょっと話

百錢会(善養寺惠介を会主とする尺八古典本曲の会)の会報(月刊)である「百錢会通信」に連載中の記事を転載したものです. なおこれは,すでに連載を終了した着物話の続編です.


目次

(0)ちょっと  2008.02
(1)古くなった古着  2008.03
(2)腰紐の締め具合  2008.04
(3)羽織の古着  2008.05
(4)裾さばき  2008.06
(5)帯を後ろで締める  2008.07
(6)褌の洗濯  2008.08
(7)夏の肌着  2008.09
(8)角帯の上下  2008.10
(9)用足し  2008.11
(10)座る  2009.01
(11)手拭い  2009.02
(12)外套  2009.04
(13)立ち姿  2009.06



2008.02

(0)ちょっと

そもそものネタ切れと,それでも僅かに残っていたネタをパソコンの操作ミスでみんな消してしまった腹立ち紛れに,無理矢理終わりにしてしまった「着物話」の連載ですが,気を取り直して,今度はもうちょっと短い話を,気楽に書いてみようかと思います.前は,着物の話を尺八(広くは音楽)や虚無僧(広くは仏教),あるいは百錢会のイベントに無理矢理絡ませて,しかも掲載号の季節にも合わせて書きましたが,そんな面倒なことはやめて,ちょっと思いついたことを,メモ程度に書きます.

着物を着るのも尺八を吹くのも,文章を書くのでも,いつも身構えてばかりでは疲れてしまいます.気楽に,でも日常的に,継続することが大事ですね.

2008.03

(1)古くなった古着

着物(長着)で最も痛むのは,裾です.何年か前,最初に古着屋で買ったお気に入りのお召しでしたが,裾がボロボロになって,とても外には着て出られなくなりました.

仕方がないので,裾を1センチほど折り返して縫ってみました.ちょっとだけ丈が短くなりましたが,家の中で普段着,部屋着として使うのには何の問題もありません.長襦袢なしで浴衣のように,あるいはズボンを脱いでネクタイを外したシャツの上に着たりして,帯も角帯でなく,兵児帯みたいなものを締めました.

風呂掃除もこのまま,台所の後片付けもこのまま,寝っ転がるのもこのまま‥‥.おかげで本当に着物が身近になりました.

しかしついに,帯のあたりやお尻の辺りも擦り切れて穴があいてしまいました.これはもうどうしようのない.捨てます.そして今度は,二つ目に買ったお召しの裾がボロボロになり,折り返して縫いました.

2008.04

(2)腰紐の締め具合

先日,着物で歩いていたら,帯が緩んで,解けかけていました.一緒にいた家内に指摘されるまでまるで気付きませんでした.あ~ビックリ.本当に冷や汗ものでした.そういえば,昔,飲んで帰る電車の中で帯が解けかけたこともありました.

帯を締める時,普通は腰紐を締めると思いますが,腰紐をあまりきつく締めると,こういう結果になります.きつく締めた腰紐のために,帯の締まり具合が分かりません.この日はたぶん,最初から緩るめに締めてしまったのでしょう.帯の下の腰紐がしっかり締まっていれば,後から帯が緩んでくるのにも気付きません.腰紐は,ちょっと仮に止めるだけ,というくらいにしておきましょう.

2008.05

(3)羽織の古着

古着は安くて結構いいものが手に入ります.ただ,サイズにはいろいろ問題があります.丈は探せばそこそこのものが見つかります(私の場合)が,裄(袖)はどれも足りません.実用上は,むしろ袖は短いほうが便利なのですが,外出する時はあまり見栄えはよくありません.

そんな場合,羽織が重宝します.長着の袖が短くても,羽織で隠せば大丈夫.ところが,羽織こそなぜだか,サイズの合うものがありません(絶対量が少ないからでしょうか).いつも古着屋に行く度に,とにかくサイズの合う羽織を探すのですが,なかなか見つかりません.仕方がないので,安物のウールのアンサンブル(これは新品で買いました)の羽織を着てしのいでいます.

もし古着屋で,サイズのあう羽織を見つけたら,迷うことなく買ってしまうことをお勧めします.必ず役に立ちます.

2008.06

(4)裾さばき

着物で歩くのは疲れます.裾が足に絡み付いて足がうまく開かないからです.本質的には,洋服の西洋式の歩き方がいけないのでしょうけど.

着物を着た後で,いわゆる股割りをしておけば,裾さばきがよくなります.しかし,それでもなかなか歩きにくいことがあります.そんな時は,帯の少し下の腰のあたりを右手でちょっと摘んでみましょう.ほんのちょっとで充分です.裾さばきが嘘のように変わり,歩きにくいことはまったくなくなります.

なお,階段を上る時は,前の方(膝の上あたり)を摘んで少し持ち上げましょう.そうしないと,裾が階段の雑巾になります.階段は綺麗になっても,裾が汚れて傷みます.それよりも,裾を自分の足で踏んづけて,転びかねません.

ついでながら,階段を降りるときは,お尻のあたりを摘まんで持ち上げた方がいいかも知れません.特に袴の場合は,やはり階段の雑巾になります.

2008.07

(5)帯を後ろで締める

私はこれまで角帯を,前で締めて後ろに回していました.いかにも初心者みたいで,ちょっと恥ずかしい気がしていました.でも最近,やっと後ろで締められるようになって来ました.ボロボロになった着物を普段着にして毎日着ていたおかげです.どうせ外には出ないからと,しっかり締められなくても構わないつもりで,とにかく毎回やっていたら,なんとかなってきました.ただし,今のところ締められるのは片挟みだけですが.

直接後ろで締められると,いいことがたくさんあります.あとから無理な力で回す必要がないからしっかり締められて,締める位置もきっちりと決まります.おそらく何事も,本来の方法・手順には,それなりの理由があるのでしょう;たとえ最初は理不尽なことに見えるとしても.これから帯の締め方に慣れようと思う方,面倒がらずに,後ろで直接締めるように練習することをお勧めします.

2008.08

(6)褌の洗濯

褌(特に六尺)は長いので,そのまま洗濯機にほうりこむと他のものと絡まって大変なことになります.洗濯機で洗うときは,洗濯ネットに入れます.

しかし,その場合,ちょっと不味いことがあるかも知れません.洗ったものを自分で干すなら,まあ安心です.けれど,たとえば奥さんが洗濯して干してくれるのだとすると,ちょっと気をつけましょう.たたんでネットに入れて洗濯機,では,綺麗に洗いきれないことがあります.

我が老師様は,風呂に入ったついでに洗濯板を使って洗うとのことでした.私は,風呂に入った時に,褌で手拭い代わりに身体を洗ってから,洗濯ネットに入れて,洗濯機で洗う洗濯物にしています.こうしてからの不具合はありません.

2008.09

(7)夏の肌着

夏の着物は麻に限る.肌襦袢まで麻にすれば,暑い夏も快適‥‥だと信じていました.ところが必ずしもそうは行かないことに気付きました.

確かに麻の肌着はシャリシャリしていて,清涼感があっていい気持ちです.ところが汗をたくさんかくと,麻はかいた汗を吸ってくれず,逆に実に不快になってしまいます.ベタベタする,というのではありません.肌着が吸い切れなかった汗がツーッと流れたり,冷たくなった汗が肌着から肌に戻ってきたり‥‥.その点,木綿の肌着は着た時は暑苦しく感じますが,かいた汗をしっかり吸ってくれますから,麻のような不快さはありません.

麻と木綿,状況に応じて使い分けるべきだということがわかりました.大汗をかかない程度の,普通の暑さの中で普通に過ごすのなら,ましてやクーラーのある処で過ごすなら,麻の肌着で涼しく過ごせばいいですが,大汗をかかざるをえないのなら,木綿にしないと駄目ですね.夏の作務や山道を登る霊場巡りとかだったら,作務衣は麻でも肌着は木綿でなきゃ大変です.

2008.10

(8)角帯の上下

角帯の柄に上下があることには,あまり注意が払われていないようです.私も最初は知りませんでしたし,気にもしていませんでした.

もっともよくある柄,いわゆる「献上柄」の場合,この図のようになります.他の柄の場合にも共通しますが,とにかく,はっきりした色の細かい柄のある側が上です.もちろん,無地や,上下対称のような柄の場合は,上下は関係ありません.

実際のところ,献上柄にしても最初の意匠がそうだった,というだけのことですから,上下反対に締めたからって特段の問題はありません.


2008.11

(9)用足し

着物を着ている時の用足しは,なかなか皆さん心配なことでしょう.男の小用はそれでもまあ,なんとかなるでしょう.けれど,大きい方は,ちょっと工夫が要るかも知れません.私は,こんなふうにしています.

まず,長着も長襦袢もまとめて,裾を開いて上に持ち上げます.さらに,帯の下あたりを両側からつかんで,帯ごと上(胸の方)に引き上げます.まくり上げた裾は胸の前あたりで絡めておきます.そして,下着のパンツ(猿股)を下におろします.もし褌だったら,まず,前垂れを少し緩めて,お尻のあたりの部分を右か左にずらし,前垂れを横から後ろに回して,お尻のあたりの緩めた部分に絡げて,元に戻らないようにしておきます.用が終わったら下着を元通りにし,帯ごと下に押し下げ,裾を下ろして形を整えます.

褌とパンツでは,もちろん褌の方が用足しにも便利です.パンツの場合は,帯が邪魔で,肌襦袢の状況などによっては,なかなか元の位置まで戻しにくいかも知れません.しかし褌なら,そもそも下ろす必要もありませんでした.用が済んだら,絡げたところを解き,前垂れをちょっとひっぱって締め,左右に広げて整えます.

2009.01

(10)座る

着物を着ている時に,何もしないでそのまま座る(正座する)と,座ってから着物が引っ張られてきつくなったり,裾に皺が出来たり,そのおかげで座り心地が悪くなったり,結局長く座っていられなくなります.まず前裾の上の方(腿の表側あたり)をちょっと摘んで少し上に引き上げ,それから腰をゆっくり落としながら,裾を脛の方にちょっと払ってから座ることで,こんな問題が回避できます.こんな仕草そのものも,結構カッコイイのではないかと思いますが,どうでしょう.

車の座席に乗り込む時は,お尻から入るのが楽です.お尻を車のシートに載せてから,身体をクルッと回して足を入れる.これを逆に, 足から入ろうとすると足が開かず,うまく乗れません.足が開かずに載れないからって,車の前で裾を割るのはちょっとみっともないような気がします.ただし,運転する場合は,ペダル操作に支障があっては大変ですから,しっかり裾を割ってから乗り込みます.

2009.02

(11)手拭い

懐にはいつも手拭い(和手拭い)を入れておきましょう.手拭いは手を拭うためだけではなく,他にもいろいろ役に立ちます.

なんと言っても,飲食をする時は重宝です.膝に掛けて,あるいは胸のあたりに掛けて,飲食物で着物を汚すのを防ぎます.着物の胸のあたりは洋服よりもだぶついていますから,飲食物で汚しやすいです(ネクタイも同様ですが,ネクタイはそれだけ洗濯すれば済みます).なお,正式な場所でこういうことをするのは不作法になるようですから,要注意.

不作法と言えば,これも人前ではちょっとできませんが,着物の襟が汗で汚れるのが厭で,運転する時など,私は首の後ろに手拭いを挿みます.逆に,寒い時はマフラー代わりに首に巻くこともできます.

手拭いは,尺八の露受けにもちょうどいいですね.献笛の時など,楽譜は置いても置かなくても,特に冬だったら,管尻の下あたりに露受けを置くのはマナーでしょう.

それにしても,手拭いがとんと手に入らなくなりました.昔は,お年賀だのなんだのと,雑巾にしても使いきれないほどだったのに,いつの間にかタオルに変わり,今では厚くて立派なものばかり.手拭の代用にはなりません.もちろんそれなりのお店ではいろいろな手拭が手に入りますが,私は,田舎の押入れの隅に押し込められていたような古手拭を後生大事に使っています.

2009.04

(12)外套

この冬,防寒用の和装コート(外套)を,ついに買いました.4万円ほどでした(古着屋ですが,ウールの新品です).

男物の和装コートにもいろいろな種類があります.易者さんが着ているような道行(みちゆき),これは女物と同じ形で,一番和服っぽいものだと思います.鳶(トンビ)というのもありますが,これはもともと西洋のマントです.私が買った角袖(かくそで)が一番ポピュラーなようで,袖が着物の袖に合わせて大きいだけで,洋装の普通のコートとあまり変わりません.だから,この上にフェルトの帽子を被っても違和感はありませんでした.もしかしたら,洋服の時も使えるかも知れません.

和装コート,厳しい寒さの日に有難いだけでなく,寒さが緩んでから,いよいよ重宝になりました.これまで寒い時は,肌襦袢の代わりに温かい下着を着て,長襦袢の下に毛糸を着込んだりしていました.これでマフラーをして羽織を着れば,たいていの寒さは凌げたのでした.しかし,車で外出するような時はこれでいいのですが,行った先や電車の中で暖房が利いていると,地獄です.中に着込んだ物は,出先では脱げませんから.この和装コートのおかげで,冬の電車やパーティー会場を涼しく快適に過ごすことができるようになりました(いい加減にこのアホなエネルギーの無駄使い,なんとかならないものでしょうか....).

2009.06

(13)立ち姿

何年か前に撮られた,着物姿の写真があります.田舎の,家内の叔父を正月に訪ねた折,たまたまカメラに凝っていた叔父が写してくれたもので,大きく引き伸ばして,額にまで入れて送ってくれました.田舎ではめったに着物姿を見ることがなくなり,恰好の被写体だったわけです.

しかしこれが如何にもブザマです.なんでこんなに見栄えが悪いんだろうとずっと思っていましたが,やっと気付きました.足です.足を,いわば「気をつけ」の姿勢のように閉じているのが原因でした.畏まっていても,足は開いていないと様になりません.

尺八の教本を開くと,しばしば「足を開いて右足を少し右斜め前に出し」云々と書いてあります.そうか,これは吹奏のためではなく,見栄えの話しだったか! いや,まあ,それだけではないでしょうね.フルートの教本にも少し控えめながら似たようなことは書いてありますから.ただし,尺八では左足に重心を置けとあるのに対してフルートでは右足に置けと書いてあります.この姿勢のちょっとした違いは,見栄えだけでなく,心の姿勢にも通ずるのかも知れません.