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着物話

百錢会(善養寺惠介を会主とする尺八古典本曲の会)の会報(月刊)である「百錢会通信」に連載した記事を転載したものです. ただし,個人名などについては伏せてあります. なお,百錢会通信での連載は終了しました. 現在,続編の着物ちょっと話を連載中です.


目次

(1)「武士?」  2003.10
(2)古着屋  2003.11
(3)ウールと浴衣  2003.12
(4)「男の着物」の情報源  2004.01
(5)着付け時間  2004.02
(6)帯結び  2004.03
(7)草履,雪駄,草鞋  2004.04
(8)下駄  2004.05
(9)帽子  2004.06
(10)褌  2004.07
(11)褌の作り方  2004.09
(12)続ける  2004.11
(13)襷(たすき)と作務衣  2004.12
(14)足袋ソックス  2005.02
(15)褌の勧め  2005.03
(16)禅の勧め  2005.04
(17)夏の着物  2005.05
(18)雨の日  2005.06
(19)冷暖房  2005.07
(20)浴衣のギャル  2005.08
(番外)「一休さん」に怒鳴られた  2005.09
(21)その場その時  2005.10
(22)晴れ着  2006.01
(番外)私の齢は?  2006.02
(23)浴衣会の浴衣率  2006.09
(24)体重計ダイエット  2006.10
(25)着物にポンチョ  2006.11
(26)人の値札に着物の値段  2007.02
(27)針仕事  2007.03
(28)大慌て  2007.05
(29)ツンツルテン  2007.06
(30)カビ  2007.07
(31)忘筌  2007.11



2003.10

(1)「武士?」

尺八を始めてからのことですからまだほんの数年ですが,着物つまり和服を着るのが好きになり,最近では時々着物で出歩くことが多くなりました. もちろん,長めの尺八をいつでも携えています. で,手荷物は風呂敷.

そんないでたちでいると,通りすがりの人から,時々面白い反応があります.

鎌倉を,やはり着物を着た家内と一緒に歩いていたら,中学生たちがすれ違いざまに「あっ!武士だっ!」と声を上げました. ちょっと気恥ずかしくもあるけれど,なんだかちょっといい気分です(ただし家内はむしろ嫌そうですが). そういえば,何年か前の秩父の虚無僧行脚に参加のため,虚無僧姿(天蓋は被らずに手に持っていた)で電車に乗っていたら,乗り合わせた子供らに「あっ,眠狂四郎だっ!」と叫ばれたこともあります. もっとも,天蓋も被った本当の虚無僧姿の場合は,通りがかりの子供たちの「あれは武士ではないんだよ」などというひそひそ話しを耳にしたこともあります. これも鎌倉でのこと――さすが鎌倉,なかなか物知りな子供たちがいるものです.

(これから何回かに分けて着物にまつわる戯言を書いて,百錢会通信の余白埋めに使わせていただこうと思います. )



2003.11

(2)古着屋

先日は金魚(師匠)のフン状態で,舞台(所沢市邦楽芸能大会)に上がらせていただきました. 邦楽の舞台は初体験です.

そのための衣装として,袴と黒の紋付が必要だということで,あわてて袴を購入しました. ただし紋付は諦めて,虚無僧用に買ってあった化繊の黒の着物で間に合わせました. アイロンで貼り付ける紋を使えば手軽に紋付になるのですが,化繊にアイロンかけるのは心配だし,本当に紋付にしちゃったら今度は虚無僧に困るので,紋なしのままにしました. 後で知ったのですが,実は,ワッペンのように付けたり取ったりできる貼り紋もあるそうです.

ところで,着物の入手には古着屋がお勧めです. もともと着物(いや,着物に限らずですが)は,現在の洋服のようには使い捨てはしていませんでした. 何度でも仕立て直しをしてリサイクルし,それが出来なくなったら別の物に作り変え,最後は雑巾にして,最後の最後は燃やして灰にして畑に撒いたそうです.

件の袴は古着屋で買いました. 正絹です. 襞の中に汚れがありますが,目立ちませんから,舞台用にも実用にも問題なしです. で,幾らだったと思います?

なんと3千円です. ついでに紹介すると,私のお気に入りの「御召し」の長着は,1万円でした. 上述の化繊の着物でさえ1万何千円かするのですから,それに比べて断然買い得です.

なお,古着屋では紋付も時々見かけます. ただし,自分の家の紋の入ったものを,と思うと,なかなか思うようには見つかりません.



2003.12

(3)ウールと浴衣

古着屋で着物を買うのはお勧めではありますが,サイズの判断など,なかなか大変かも知れません. 着物は洋服のように「着る」というより,「まとう」ものですから,サイズはかなり自由になりますが,逆に,だからこそ,まずは着物に慣れるのが先決ですね.

もしこれから初めて着物を買おうという方がおられるなら,いきなり立派な着物を買おうと思わないで,先ずはそのへんのデパートで3万円くらいからあるウールのアンサンブル(お対)を手に入れるのがいいでしょう. それと,下着は,長襦袢があればいいですが,結構高いので,化繊の半襦袢とステテコでも充分です.

これだけあれば,とりあえず恰好が付くし,後でいろいろ買い足した時に使い回しができます. それに,どうせウール,と思うと,気兼ねなく,普段着として着ていられます.

日本のお正月はやっぱり着物でしょう. おっ正月には着物着て,尺八吹いて過ごしましょっ はぁやくぅ来い々々おっ正月ぅ~~♪

お正月までに着物を買いそびれて,ついつい夏になってしまったら,何はともあれ浴衣ですね. 浴衣だって立派な着物です(元来は湯上りのバスローブみたいなものだったわけですが). いわゆる浴衣浴衣した模様の浴衣でなければ,下に襦袢を着るだけで,充分に単(ひとえ)の木綿の着物の替わりにもなります.

夏といえば,百錢会は浴衣会. 浴衣会はやっぱり浴衣でしょう. 私は毎年,何かの用事と重なって参加できませんでしたが,来年こそはぜひ浴衣で浴衣会に参加したいものだと思っています.

おおっと,来年のことを言うと鬼が笑うそうですね. 別に鬼に笑われたって構やぁしませんが,じゃあとりあえず,今年の忘年会は着物で参加してみます(あ,でも坐禅がし難いかなぁ).



2004.01

(4)「男の着物」の情報源

先月の会報で宣言してしまったし,寒くなく穏やかで着物には恰好な日和だったので,納会・忘年会には着物で行きました. 一人だけ着物で目立つかと思ったら,師匠も着物で来られたので,浮かずに(^_^;)済みました.

心配だった坐禅は,法身寺の工事(の音)の関係で中止になりました. 宴会で着物を汚すのも心配でしたが,無事でした. 飲み屋(焼き鳥屋)で着物を一着駄目にして以来,懐には必ず手拭を用意するようにしています.

ところで,着物について訊かれましたが,私も初心者,勝手なことは書けても,正しいことは知りません. 本屋には着物関係の本はたくさん並んでいますが,そのほとんどは女性向けのものです.

「男の着物」関係で私が知っているのは下記の三冊だけです. (1) は *超* お勧め,(2) も悪くありません. (3) は写真が多い点では役立つでしょう.

(1) 早坂伊織:男、はじめて和服を着る,光文社新書,ISBN 4-334-03134-X,760円.
(2) 塙ちと:男のきもの雑学ノート,ダイヤモンド社,ISBN 4-478-96073-9,1600円.
(3) 笹島寿美:男のキモノ,神無書房,ISBN 4-87358-080-3,2800円.

特に (1) の著者,早坂さんは,インターネットのウェブサイト「男のきもの大全」を開設・運営している方で,このサイト(下記URL)には本の何倍もの情報が満載です. インターネットを使える方はぜひご覧下さい.

http://www.kimono-taizen.com/

他にもインターネット上には「男の着物」に関する情報が結構あり,上記URLからもたどることができます. 探せば,帯の「虚無僧結び」の結び方の説明なんてものまでみつかります.



2004.02

(5)着付け時間

二月から三月といえば,水仙の頭上で梅が咲き,椿が咲いて桃が咲き,やがて桜もほころびます. 着物で出かける口実には事欠きません.

寒い季節が続きますが,着物は意外と暖かです. ただし風のある日はちと辛い. でも襟巻き(マフラー)があれば大丈夫. ついでに袖口も寒ければ,仕方ないので長袖シャツ(ジジシャツ)の袖を七分に折り返して着ます. 足も寒ければ,股引(ズボン下)……う~ん,そこまでして長着を着ることも無いから,とっくりセーターに綿入れ作務衣にしちゃいましょう.

さて,お出かけ前の着付けは,5分程度でできないと実用にならないでしょう. 街の公園・駅舎の陰で・あるいは公衆電話ボックスで・はたまた電車の中で,虚無僧に変身するのなら,1分が目処でしょう.

ただし,女性の着付けはどうしてもやたらと時間がかかるようです. まあ,それは和・洋問わずですけどね. だから,家内と一緒に出かける時は,家内の着付けがほぼ終わったのを見定めてから,私も始めます.

時間のかかるのは,初めはとにかく帯でしょう. でも,いくら帯結びが面倒だからって,ちょっと慣れればネクタイ締めるのとそう変わりません. ネクタイ締めるのに毎回何分もかかる人はいないでしょう(でも,就職活動で初めてネクタイする学生たち,10分どころか30分しても締められないのがいます). それと同じで,帯も慣れが第一. 日ごろから,尺八の練習は虚無僧姿でするとか,どうでしょう. 洋服でするのとはずいぶん心持が変わること請け合いです.

去年の曽我(小田原市)の梅林の梅祭りには,着流しに天蓋だけ被ったインチキ虚無僧が出現したようですが,さて今年は‥‥‥. 四月の秩父の虚無僧行脚までおとなしくしていましょうか.



2004.03

(6)帯結び

帯の結び方にはいろいろあります. でも私はたった一つ,「片ばさみ」しかできません. これは多分一番簡単な結び方ですが,とても重宝な結び方で,たいていの場合はこれで充分です. もともと武士や浪人のしていた結び方(時代劇の武士・浪人はみんなこれ)で,刀を振り回しても,馬に乗っても,そう簡単には緩んでこないということで,車の運転などにもぴったりな結び方です.

虚無僧で歩くのも,私はこれです. 「虚無僧結び」という変わった帯の結び方(「割りばさみ」とも言うそうです)がありますが,果たして本当にあんな妙な結び方を江戸時代の本物の虚無僧がしていたのでしょうか? 昨年の虚無研で観察していたら,何人かの方は実際にこの結び方をなさっていて,驚きました. 歌舞伎の中だけのものかとも思っているのですが‥‥. このあたりの真実を御存知の方,ぜひご教示ください. なお,虚無僧結びの方法はインターネットの

http://kimonoo.net/komu1.html
にあります.

ところで昨年(9月),初めて袴を穿く機会がありました. 袴を穿くには「片ばさみ」では具合が悪いので,「一文字結び」をやっと覚えました. ただ,これは車の運転や日常生活には不向きで,袴を穿く時以外は用はなさそうです. そんなわけで,せっかく覚えたのに,もう忘れちゃったようです(暗譜と同じで,たぶん,必要になれば思い出せるだろうとは思いますが).

ところで,帯を結ぶのには,直接後ろで結ぶ方法と,前で結んで後ろに回す方法があります. 前者の方が本格的でカッコイイのですが,私は後者の,如何にも素人っぽい方法でしか結べません. まあ,結果として結べればいいので,それで困りませんが,要は慣れの問題ですから,どうせなら後ろでサクサクッと結べたらなあ,と思います.



2004.04

(7)草履,雪駄,草鞋

草履と雪駄と草鞋 ―― これらの区別,付きますか? 数年前の私には付きませんでした. 読むのすら怪しいものでした. 読み方は各々,「ゾウリ」,「セッタ」,そして「ワラジ」です.

草履は,木で作る下駄に対して,編んだ藁(わら)などの柔らかい物の上に鼻緒を付けた履き物の総称と思っていいでしょう;ゴム草履なんてものもありますから. 一方,雪駄は,草履の底を革や金物で丈夫にしたものですが,ビニール製などの安物では実質上,草履も雪駄もたいした区別はないみたいです. 主に女物の細い楕円形のは草履としか言わないようですが,主に男物の長方形に近いのは雪駄,と言っていいかも知れません.

問題は草鞋. 藁で作った草履ということではありません;それならワラゾウリです. でも私はずっと,ワラジとワラゾウリを混同していました. 草鞋は,踵の部分を縛り付けるようにできている,長旅用の履き物です. 草履・雪駄とは全然違います. ちょっとその辺で伊達虚無僧をするなら白足袋に白鼻緒の草履・雪駄で間に合いますが,本気で歩く(例えば秩父の行脚も)なら,草鞋でしょう.

でもこの草鞋というのが,なかなか扱いにくいものなのです. まず,使う前に,一旦水に浸けた後で生乾き状態にしておかねばなりません. それから,草鞋には草鞋専用の足袋があります(托鉢の雲水は,冬でも裸足に草鞋ですが). 履くのも結び方が分からないと厄介です. せっかく履いても,一日もたずに駄目になるかも知れません. だから生乾き状態にしてある予備を携行しなければなりません.

そこで現代の虚無僧さんにお勧めなのは,地下足袋です. 草鞋+草鞋用足袋=地下足袋. 白い地下足袋の入手は結構容易です. なお,地下足袋を買うときは,少し大きめのものにした方がいいです. 素足に直接地下足袋を履かないで,厚めの靴下(足袋ソックスならなお良し)を履いてから地下足袋を履きましょう. (参考文献)佐久間武:第4回秩父虚無僧行脚紀行,百銭会通信,No.165,平成15年11月30日.



2004.05

(8)下駄

私の学生時代,かまやつひろしの「♪っ下駄を鳴らして奴がくるぅ~」という歌が流行りました. 当時私も,いわゆるバンカラ気取りで,本やノートを風呂敷に包み,穴のあいたジーパンに下駄履きで通学してました. 30年ちょっと昔です. あの頃はまだそんなのが普通に残っていたんですね. あの時に尺八を始めていたならなぁ‥‥‥と思うのですが,手遅れです.

さて,着物で出歩くとき,通常は雪駄を履いていますが,人ごみや満員電車の中では踏んづけられて,嫌な思いをすることがよくあります. それから雨の日も,雪駄は困ります. その点,下駄は快適です. 浴衣なら,裸足に下駄以外ないでしょう.

ところが,下駄のおかげで難儀したこともあります. 旅先で下駄の歯が取れてしまったことが何度かありました. 切れた鼻緒は処置できますが,下駄の歯はどうにもならん. 二枚の歯のうち,取れたのが後ろならまあなんとか,爪先立ちで歩けますが,前歯では悲惨です. とりわけ,前歯のない下駄で急な山道を下るのは死ぬ思いでした. 下駄を随分恨みましたが,よく考えたらこの下駄,なんと30年前に履いていた下駄でした. そりゃあさすがに寿命ですよね. でも,取れた歯を接着剤で修理して,今でもまだ履いていますが.

他にも下駄には欠点があります. 階段の下りやエスカレータは恐怖です. また,舗装道路を歩くのも疲れます. そんな場合,普通の下駄より,「右近下駄」というのがお奨めかも知れません. 二枚歯ではなくて,厚い草履みたいな形の下駄です. 履き心地,機能性ともに,下駄と雪駄の両方を兼ね備えています.

下駄と言えば,「虚無僧下駄」なるものがあります. 浮世絵で伊達虚無僧が履いている女性のポックリのような下駄ですが,まさか本物の虚無僧が履いていたなんてことはないですよねぇ.



2004.06

(9)帽子

陽射しが強くなってきました. 着物の場合の帽子には難儀します. 髪がとても寂しくなったので,夏の陽射しを直接受けると,本当にもう,死んでしまいそうなほど辛くなります.

女性のように日傘を差すわけにはいかず,まさか天蓋を被っては歩けないし. 作務衣ならバンダナみたいに手拭を被るのもいいですが,長着ではちょっと抵抗があります. 以前に一度,茶人帽(ハンバーガーショップの店員みたいなやつ)を試してみましたが,イマイチでした.

近代(大正時代)では,着物にはパナマ帽を被るのが定番だったようですね. ところがこのパナマ帽というのがやたらと高く,ン万円もします―天蓋と同じくらいの値段,と思えばうっかり納得しそうですが,でも冗談じゃないですよね.

昨年の夏,やっと安い(千円ちょっとの)パナマ帽みたいな形の帽子を手に入れ,日射病は回避できました. 本物のパナマ帽ではありませんが,まあまあです.

この帽子,大きな帽子店やデパートではなく,横浜の弘明寺観音の参道脇の,小さな古ぼけた帽子屋に吊るしてありました. 帽子に限らず,ちょっとした実用品は,都会の大きな立派な店ではなくて,田舎や路地裏のひなびた店にあるようです. ただし,普段から気をつけていないと,なかなか見つからないのですが.

ところで先日,この帽子を被って某尺八工房に行ったら,工房のFさんに開口一番,「大正時代から来たみたいですね」と言われてしまいました. 確かに大正時代そのもので,尺八を持っていても子供らに「あっ,武士だ」などと言われる気遣いはないのですが,やはり異質なものの組み合わせの感じがします.

着物と帽子から,つい,伝統ってなんだろう,などと思ってしまいました. 料理や住居などは,今でもしっかり日本の伝統を残しつつ,和洋(あるいはさらに中華,その他の民族的なものまで)が折衷されています. 音楽だって,西洋音楽を筆頭に世界中の音楽が溢れる一方で盆踊りを踊ったり虚無僧尺八を吹く人がいたり,そしてそれらの融合(フュージョン)も生まれているように見えます. ところが,どうも着物はそうなりにくい. たとえばお坊さんは,日本の着物の上に中国の衣,その上にインドの袈裟,つまり,折衷というより重ね着です. このあたり,考えてみると面白そうです. 音楽も本当に融合・折衷できるものなのか,重ね着するものなのか‥‥とか.



2004.07

(10)褌

私の子供の頃には,海や川で,赤褌で泳ぐ人を見かけました(私自身は,最初から水泳パンツでしたけど). 赤褌は鮫から身を守る目的もあったそうですが,今,赤褌(白ももちろん)で泳ぐ人って見ませんよね.

水泳の話しはさておき ‥‥‥,着物にはやっぱり褌でしょう.

褌は蒸れませんから,とくに夏には重宝です. 褌と浴衣でいれば,ムシムシ暑い夏も快適です. これで団扇をもって,夜風の中でビールでも飲めば,言うことなし―よくぞ日本男児に生まれたものだ,と思います.

着物の時の褌は,とにかく用足しが楽になるのがありがたい―特に大きい方. トランクスやブリーフは,用足しでとても難儀します. 大きい方の用を済ませたあと,着崩せずに帯の下に下着を押し込むのは至難の技です. 個室の中で一旦帯を解いて締めなおす,なんていうのはほとんど無理です.

褌をしていると帯の位置が決まり,安定するのも褌のありがたみです. ただし,そのためには,六尺褌に限りますね. 越中褌は締めるのは楽ですが,この意味ではイマイチです.

しかし,そんな実用的なことの他に,褌はとにかく,気持ちがいいです. なんと表現したらいいか‥‥,沸々と自信が湧いてくるような安定感・安心感があります. この気持ちよさのために,ひところ私は,洋装の場合でもほとんど褌にしていました. しかしこれはちょっとやり過ぎで,「ホッケの開きで赤ワイン」なところもあります.

ところで,街で着物の男性にはごくごくたまに出会うことがありますが,銭湯や温泉の脱衣場で,褌をしている人を見かけたことは一度としてありません. 背中に立派な彫り物をした人と一緒になることが時々ありますが,そういう人がカラフルな可愛いトランクスを穿いたりすると,まあなんとも,微笑ましい限りで,「勝ったっ!」と内心で叫んでしまいます(向こうが「負けたっ!」と叫んでいるかどうかは不明ですが).

褌の作り方は次回に紹介します. 暑い季節が始まってしまいました. 今すぐ知りたい方は,私までお問い合わせください. あるいは,百錢会通信の今年正月号で紹介した情報源にも記事があります.



2004.09

(11)褌の作り方

六尺褌は,おそらくお店では手に入りません(越中褌なら,祭り用品の店などにあります). 六尺褌は自分で作ります. 作ると言ったって,どうってことはありません.

そのへんのデパートなどでも売っている普通の晒(サラシ)を買ってきます. そして,長さ6尺(着物の世界は鯨尺なので,1寸=3. 78センチ; 因みに尺八の1寸は3. 03センチ)程度の長さに切ります. ただし,6尺というのは一般的なことで,人によって体型が違いますから,各々,自分の体型と前垂れの長さや締め方などの趣味に合わせて決めます. とりあえず,胴回りの3倍程度とすればいいと思います. 例えば胴回りが76センチの人なら,228センチ,つまりちょうど6尺となります.

これで終わり. もし端が心配なら,かがればいいでしょうが,私は切りっぱなしで4年間(何百回も洗濯して)使っていてほとんどほつれてくることもなく,問題ありません(ただし洗濯には,洗濯ネットを使っています).

なお,六尺褌は6尺ばかりではありません. 6尺くらいのは「短尺」と言うそうです. いろいろ締め方があって,それに応じて長さもいろいろで,10尺くらいの「長尺」という六尺褌もあるそうです(用語が自己矛盾?).

ところで,褌は白いサラシ,と決まっているわけではありません. 昔は水泳と言えば,赤褌でした.

赤褌といえば,今年は申年です. 古くから,申年に赤い下着で無病息災を祈る風習があるそうです. また,チベット仏教では,丹田を被う下着を赤にすると腹の病気が治り元気が出ると言われているそうです. 私も昨年の暮れ,正月におろすべく,赤褌を作りました.

赤褌の生地を探すのはちょっと大変でした. 白い晒はいくらでも売っていますが,赤はなかなか無く,あっても量り売りです. 白晒に比べて幅があり,厚めです. ちょっと堅くて,穿き心地は(何度か使うまでは)あまりよくありませんでした. モスリンという生地が柔らかくて気持ちいいそうなので,今度試してみようと思います.

赤以外にも,手拭い用の布(量り売り)で褌にしている人もいるそうです. 「麻の葉」とか「青海波」,「籠目」とかもオシャレですね. 今年の三社祭では,ピンクの柄ものの褌を締めた担ぎ手を目撃しました. プールや温泉の脱衣場で褌を見ることはありませんが,お祭りではみんな褌なんですね. しかもかなりオシャレ.



2004.11

(12)続ける

もともと百錢会通信の余白埋めのために用意した駄文でしたが,一年間ほとんど毎号載せることになり,これで12回目になってしまいました. でも,そろそろネタ切れで,出がらしの駄文しか残っていません. このところありがたい事に投稿も増えましたが,それでもとにかく余白ができたら埋めなくちゃ‥‥‥ということで,続きます.

何にしろ,続けることはそれだけでも,ある程度の意味はあるものだと思います. 私の尺八は満6年になり,着物も5年くらいにはなりました(なんだ,たいしたことないね,と言われりゃ,まあ,そうなんですが).

着物を着ることにまだ慣れないうちは,いろいろなところが気になってしかたがありませんでした. 着崩れしてはいないだろうかとも,とても気になります. 気になって気になって,ついつい,あっちを引っ張りこっちを引っ張りしているうちに,本当に着崩れて,どうにもひどいことになってしまいます.

そういうのも修行のうちではありましょうが,どうやら,一旦着てしまったら,脱ぐまで,あんまり気にしないでいた方がいいみたいです. 気にしてもじもじしている姿の方が,よっぽどみっともないでしょう. 着崩れも着こなしのうちと思うくらいでちょうどよさそうです. 曲の途中で,ちょっとミスったからって吹き直しでもしたらそれこそ様にならないし,本番だったらぶち壊しになってしまうでしょうが,そのまま吹ききってしまえばなんとかなる,というのと同じでしょう.

結局,尺八にしろ着物にしろ,とにかく場数(本番だけでなくて,日頃の練習も含めて)を踏んで,いろいろな事故への対処を身体で覚えるのが一番なんでしょうね. つまり,続ける,ということが大切だと思います.



2004.12

(13)襷(たすき)と作務衣

12月と言えば大掃除. まあ,大掃除まで着物を着てしなくてもいいんですが,掃除に限らず,台所のちょっとした洗い物くらいでも,着物の袖は邪魔になります. ほんのちょっとなら袖を帯に挟んでしのげますが,なかなかそれでは足りません. 車の運転をする時は,袖がレバー類に絡まったりしたらそれこそ命にかかわります.

そんな時は襷(たすき)が便利です. 襷といっても,特別なものがあるわけではありません. 適当な長さの紐を輪にするだけです. 私は腰紐を襷にしています.

襷の掛けたり外したりは,最初はなかなかうまくいきませんでしたが,試行錯誤しているうちに慣れてきて,簡単にひょいとできるようになりました. 実はこれがなかなか快感なのです. それにしても,こういう智慧が消えていくのは残念なことですね.

ところで,作業をするならやっぱり「作務衣」です. 作務衣は古来から禅宗寺院の作務に用いたもの,と思われていますが,実はそんなに歴史の古いものではないようです. もともとは,裾の短い鉄砲袖の着物にモンペのようなもの(簡単な野袴)をはいて,作務をしていたそうです. それが上下セットで「作務衣」として売り出されたのは,戦後だそうです.

まあ,そんな歴史はどうでもいいのですが,作務衣は便利です. 作業をするつもりなら最初から作務衣を着ればいいんですが,着物を着た後で仕事が降って湧いた場合(えてしてそんなもんです),私は,少し大きめの作務衣を着物の上から着ます(着物の裾ははしょります). 冬は,特に外の作業なら,防寒にもなって重宝です.

着物の上に作務衣を着るというのは,ニセ虚無僧の皆さんにもグッドアイディアです. 自宅の周りや電車の中で虚無僧姿でいるのにはいやだけど,現地で着替えるのも面倒だ,という向きにはお勧めでしょう.

ところで,本気で作業するには,作務衣の上着はズボンの中に入れた方が動きやすくなります(それが本来のスタイルじゃないかと思うのですが). 襷は忠臣蔵の堀部安兵衛を思い出しますが,作務衣の上着をズボンに入れて着ると,何かに似てませんか? そう,漫画や映画の「忍者」です. 虚無僧は隠密もしていたようなので,忍者姿も無縁ではないかも知れません. 今年の百八曲献奏会は,この恰好で,背中に長管を背負って行きましょうか. 正月準備の仕事の合間に大黒様の目を盗んで出かけるにはぴったり ...... あ,でも,頭巾がない.



2005.02

(14)足袋ソックス

足袋ソックスという便利なものがあります. 洋品のソックスでありながら,足袋のように足先が二股に分かれているものです. 温泉旅館などでタオルや歯ブラシと一緒に用意されている「温泉足袋」が元らしいのですが,温泉足袋は踵の上が足袋と同じ高さしかないのに,足袋ソックスはソックスのように長くなっています. 足袋では靴が履けないし,ソックスでは鼻緒のものが履けませんから,足袋ソックスは重宝です. 私は,洋装や作務衣の時はたいてい足袋ソックスを愛用しています. 地下足袋の時も有用です.

便利な足袋ソックスですが,万能ではありません. もちろん,正装には使えません. それはさておき‥‥ ある状況では,実は意外と寒いのです. 冷たい板の間(畳でも同じ)に長いこと立っている,というような場合,本物の足袋にはまったく敵いません. 本物の足袋の底の断熱効果は,なかなかのものです. 空気をあまり通さないこともいいのかも知れません. この辺が,西洋の生活様式(いつでも足を被う靴を履いている)と日本の生活様式(履物は基本的に足を被わないし,屋内では履物を履かない)の違いに由来するものなのでしょう.

そもそもソックスは下着ですが,足袋を下着とは言いません. 足袋ソックスは和洋折衷の好例だと思いますが,やはり根本のところに矛盾が潜んでいるんですね. ちと大袈裟かも知れませんが,同じようなことは洋楽と邦楽,とりわけ本曲を考える時にも大切なのでしょう.

ところでこの,足袋ソックスが足袋より寒いという体験は,小雪の舞う寒い日に,あるお寺に宝物の展示会を見に行った時のものです. しかし,係りの雲水さんたちは裸足だったんですから,まあ,足袋ソックス履いていて寒いなんて言うのは贅沢かも知れません.

足袋ソックスの裏技を一つ紹介します. 一昨年の冬,雪の中の温泉巡りバスツアーに付き合う羽目になりました. 厚手の作務衣,足袋ソックス・雪駄履きで行ったのですが,雪靴を用意せよと書いたパンフレットには乗車してから気付きました. 車中は暖かですが,観光地の雪道は参りました. 足袋ソックスでは,融けた雪にはかないません. そこで,足袋ソックスの上にコンビニ袋を被せ,その上からもう一枚足袋ソックスを履いたら,これが大正解. 雪の善光寺を歩き回っても,まるで平気でした. ただし,少々足が蒸れるのは難点でしたが.



2005.03

(15)褌の勧め

着物を着るためには,とにかく褌が重宝だということを,前に書きました. 上の着物(長着)と下の褌は,中の襦袢や足袋なども含めて,みんな一緒にこの日本の気候・風土・習俗・文化の中で育ってきたのですから,全体が一つのシステムとして調和するのが当たり前でしょう. どうせやるなら徹底的にやらないと,本当の良さはわからないのではないでしょうか.

「一つのシステム」というのは,衣だけのシステムのことではありません. 食のシステムも住のシステムも,それらをまとめた生活全体のシステムも,さらに精神世界のシステムも,全部含めての調和が理想でしょう.

東京藝術大学に小泉文夫という民族音楽学者がおられました. 小泉先生がどこかでこんな趣旨のこと(うろ覚えなんですが)を仰ったように記憶しています;「民族音楽は現地に行って聞きなさい. あるいはせめて,部屋を現地の気温や湿度にして,現地の食べ物を食べて,聞きなさい」と. 当時,南米アンデスの民族音楽(フォルクローレ)にのめり込んでいた私は,ステージでは無論,練習日どころか日常生活でも,裸足にサンダルでポンチョを着て帽子を被り,夜はピスコ(南米の,葡萄から作る蒸留酒)をあおり,挙句の果てにアンデスと同じ高度の富士山頂上での合宿練習まで計画したものです‥‥まあ,富士山計画は頓挫しましたが.

以前の「地無し論争」のおり,昔の虚無僧は地無し延べ管を吹いていたのだから,我々も同じ物を吹くのが筋だ,というような意見があったように思います. それはそれでごもっともですが,それならついでに,肉食,パン食,ビールはやめて,エアコン,パソコンは使わずに,着物を着て,そしてなにより,褌をしめましょう. 褌は和服の,ひいては日本文化・日本精神の要です―これはちと大袈裟に過ぎますか‥‥‥^^; でも,とりあえず褌をしていないと,褌を締めなおすこともできませんしね. 「褌を締めなおす」という表現を「パンツのゴムを取り替える」にしたら,まったくなんのことやら.



2005.04

(16)禅の勧め

前回,「虚無僧が地無し延べ管を吹いていたから地無し延べ管を吹くのなら褌をしろ」と書いて大いに顰蹙を買ったかも知れません. 今回は顰蹙の追加購入です.

虚無僧は坐禅をしなかったといわれますが,本当に坐禅をしなかったのでしょうか. 武士しか虚無僧になれないことになっていて,武家は禅宗が多く,また,武家文化の多くは,茶道はもちろん,武道・剣道・弓道など,「道」と名の付くすべては,禅と関係しています. 武士階級は知識階級でもありました. 落ちぶれたとは言え,そんな武士階級出身(ということになっている)の虚無僧が,本当にまったく坐禅をしないで,ただ尺八を吹いて修行だなどと,本気で言っていたのでしょうか.

道元禅師は典座教訓の中で,典座(食事を作る仕事)やその他の作務も大切な禅修行だが,坐禅が基本になければ正しい修行にはならない,と書いているそうです. 同じように,虚無僧が吹禅などと言ってみても,坐禅が基本になければやっぱりインチキなんじゃないでしょうか. 菩提達磨を祖とする禅の一派を名乗る虚無僧が,そんなインチキを本気で言っていたのなら,一休禅師も法燈国師も普化禅師も,さぞや呆れたことでしょう.

江戸時代,禅宗以外の宗派では,一般民衆の間でかなりの宗教行為が行なわれていたようです. たとえば,百万遍の数珠回しとか,様々な講が盛んだったようです. だったら同様に,禅宗門徒であれば在家者でも,禅の基本である坐禅を,それなりにしていたのではないでしょうか. 有名な武将と禅の関りはよく聞きます. 困窮した浪人の数珠回しはあまり絵になりませんが,「武士は喰わねど高楊枝」の坐禅なら様になるでしょう.

虚無僧が坐禅をしなかったというのは,禅宗の雲水が僧堂でするようには坐禅をしなかった,という程の意味だったのではないか,と,私は思います.

さて,坐禅には褌です. 実際のところはよく知りませんが,聞いた噂では,下着は褌でなければならないという僧堂もあるとか. 坐禅するのに褌が適しているからだそうです(もっとも,この場合は六尺褌ではなくて越中褌のようですが).

暖かくなりました. 毎月第三木曜日,法身寺の参禅会にも,お出かけ下さい. もちろん,褌でないと坐らせてもらえないなんてことはありませんので,ご安心を. ただ,これからの季節は睡魔との戦いです. 褌を締めなおして坐りましょう.



2005.05

(17)夏の着物

最近は着物がブームになっているらしく,男物の着物の入手も以前に比べると楽になりました. でも,実際に手に入るのは,袷(あわせ=冬にも着るような,裏地の付いたもの)がほとんどで,これからの暑い季節に着るような単(ひとえ=裏地のないもの)の男物は,あまり店頭には並びません.

特に,夏物の安い古着を手に入れようと思うと,かなり大変です. 夏物の場合,寸法のことはあまり気にしなくてよさそうですが,浅草の古着屋などでも,夏物は5月ころから夏までの間しか店頭に並ばず,しかも,たいていは直ぐに売り切れてしまうみたいです. 本格的な夏(盛夏)の着物と言えば,絽とか紗(透けるような生地)ですが,これはもう,古着屋で男物を手に入れるのはほとんど無理みたいです.

そもそも,夏の着物の古着というところに,無理があるかも知れませんね. 夏は汗をかくので,洗わなくてはなりませんから,傷みも激しいでしょう. そもそも,他人の汗をいっぱい吸ったものはあまり着たくもないですし.

すると,夏物はやはり新しいものを買いたいところですが,反物から仕立てるとなると,どうしたって安くてもスーツ一着くらいにはなりますから,普段着にするにはちょっと躊躇してしまいます. そもそも,反物からして,男物は多くはありません.

ところで,浴衣のセールなどに行ってみると,浴衣として売っている中に,浴衣というよりは単の着物と言ってもいいものが見つかります. 私は昨夏,ある有名デパートの呉服売り場で安いしじら織りの単の着物を見つけて買ったのですが,ついでに覗いた別階の浴衣コーナーに,同じものが浴衣として吊るしてあって,ちょっとがっかりしました.

昔ながらの浴衣や逆に突拍子も無い柄ではどうか分かりませんが,素足に襦袢無しで着れば浴衣でも,襦袢を着て足袋も履けば立派に単の着物になるものは,かなり多いようです. 浴衣会用の浴衣をちょっと考えて調達し,ついでに夏用の襦袢も調達すれば,とりあえず夏の着流しが出来上がります.



2005.06

(18)雨の日

もうじき入梅. 尺八が割れないのは安心ですが,雨の日の着物はどうにも鬱陶しいものです. 考えてみれば,現在で言うところの和服は,いくら普段着とは言え,元々,雨の日にそのまま外に着て出るようなものではありません.

昔の雨具と言えば,蓑と笠です. 現代では,いくら酔狂でも,そこまでする人はいないでしょう. 現代での雨の日の対応を,ちょっと見てみます.

まず着物そのものですが,正絹の着物を着る勇気はありません. 梅雨寒の日は別として,暑くなってきますから,私はそもそも木綿の単しか着ません. 木綿なら洗濯も自分でできますから,雨に濡れても平気です. あるいは,木綿でも心配なら,化繊です. これならもう,まったく大丈夫. ただし,化繊の着物は蒸れて暑くなるので,かなり不快です. おまけに断熱性が低いので,寒い日は寒くなります.

履物は下駄でしょう. 私は,ひどい雨なら足袋を脱いで懐に入れ,着物の裾をはしょり,裸足で二枚歯の下駄を履きます. 雨の日は滑りやすいので,たいした雨でなければ,裏にゴムの貼ってある爪皮付きの右近下駄もよさそうです. なお,二枚歯の下駄も,歩き方を工夫すると意外と滑らず,爪先立ちで歩けば雪道でも平気です(逆に雪駄は,名前に反して雪道では滑って危険極まりない).

そして傘ですが,どうせなら和傘がいいですね. 唐傘は観光地の土産物などによくありますが,たいていは文字通りの中国製らしく,浅草あたりの専門店で国産品を買った方が安くて実用的です. でも,お土産品でもとりあえず雰囲気はいいし,開いた時のあの匂いはたまらなく懐かしく感じます.

ただ,出先で雨が降ってくるのは困ります. 洋傘のように折畳式の和傘があるといいんですけど. 折り畳みといえば,折畳式の天蓋というのも,あると重宝ですね. 折り畳み式の和傘と天蓋,だれか開発してくれないものでしょうか.

天蓋と言えば‥‥,一つ疑問があります. 雲水の網代笠は雨具の役を果たしますが,少なくとも私の持っている天蓋は雨具にはなりません. 昔の虚無僧,雨の日はどうしていたんでしょう.



2005.07

(19)冷暖房

冷暖房は楽器,特に尺八のように動植物で作る笛にとっては大敵ですが,着物で出歩いて一番困ることも,強すぎる冷暖房です.

昔―私の子供の頃でも―は,暖房といえばコタツか火鉢くらいしかありませんでした. 冷房などというものはそもそも無く,夏の涼と言えば井戸で冷やしたスイカ,蚊帳に入ってくる風,そんなものだけでした. そういう時代に完成した「着物」なんて,文明の発達した今の時代にはそぐわない‥‥‥などと言って片付けていいんでしょうか.

夏に寒くて長時間は乗っていられないような電車. これは洋服でも困ります―真夏の電車に乗るために,冷房対策で邪魔な上着を着なくてはならないとは,一体どういうことかと思います. 真冬にTシャツ一枚にならなきゃ汗が出てくるような暖房の効いた部屋というのもたまりません.

でも,重ね着を着たり脱いだりで暑い寒いに対応できる洋服の場合は,まあいいです. 着物は基本的にそういうことはしません. たとえば羽織は防寒のためのコートとは違います. 着物は身にまとうものなので,着こなし,つまり,衿などの開き具合で空気の流れを調整することで,ある程度の寒暖に対処できます. しかし,着物のこの調節機能には限度があります. そもそも昔は,現代のような無茶苦茶な温度差変化はなかったから,季節によって着るものを変えれば―つまり衣替えで,充分だったはずです.

地球温暖化が心配されていますが,みんなが着物で生活するようになれば,たちまち解決するんじゃないかと思ってしまいます(冷暖房が要らなくなる,というよりは,冷暖房が使えなくなります). どうでしょう,大事な尺八とかけがえのない地球を守るために,着物文化を取り戻すというのは.



2005.08

(20)浴衣のギャル

吉田拓郎の歌に「♪浴衣のぉ君ぃは~ススキのかんざしぃ‥‥」というのがありました(「旅の宿」)が,数年前から若い女性の浴衣がブームになっているようで,七夕祭りや花火大会があると,町にはやたらと浴衣のギャルが氾濫します. ただし,その浴衣のギャルたちが歌詞にある「浴衣の君」ほど色っぽいかというと,う~ん‥‥(もっとも,最近気付いたのですが,この歌詞の浴衣って旅館の寝間着,いわゆる「温泉浴衣」のことでしょうか).

さて,最近の着物ブームのきっかけは,この数年前からの浴衣ブームにあったようです. ブームの中で浴衣は多様化して,浴衣と単の区別も薄れてきたのでしょうか. かつては浴衣では電車にも乗れないとか言われていたのですが,今では浴衣での外出はあたりまえの風潮です.

しかし,目を覆いたくなるような呆れた着物(?)姿には腹のたつこともあります. 超ミニ浴衣やレースのフリル付き浴衣やらもどうもぞっとしませんが,一緒にいる男がたいてい甚平,というのはいただけません. 現代の浴衣はその位置付けも浴衣そのものも変化して,もはや「浴衣」というより「ユカタ」という和風の新しいファッションになってしまったとも言えますが,甚平のままの甚平はやっぱり外出向きとはどうもやっぱり‥‥(作務衣がよくて甚平が駄目というのも少し変かも知れませんが). 折角のブーム,男こそ夏は浴衣にしましょう.

ところでブームと言えば,そろそろ尺八ブーム(虚無僧ブームじゃなくて)が来る頃だと密かに思っているのですが,どうでしょう. 40年ほども昔,尺八のブームがあったとか. 百錢会の古参の方々の多くは,その頃に尺八を始められたのでしょうか. 私は残念ながらその頃,尺八や邦楽にはまったく興味はありませんでした. 武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」は聞きましたが.

ただし,ブームには功罪どちらもあるでしょう. 尺八がブームなんかになったら本曲の伝統,本曲の魂が失われる,などと危惧されるかも知れません. しかし,今の和風ファッションとしての「ユカタ」だって,あのギャルたちがそこに洋服とは違う良さを見つけてくれさえすれば,いつかは本物の着物に回帰していくでしょう. 本物はそう簡単には亡びません. その意味では,ブームだって歓迎できるでしょう.

もっとも,歴史の周期は60年くらいのようなので,尺八ブームはまだ20年先のことなのかも‥‥. 百錢会は今月,「浴衣会」です. とりあえず浴衣ブームにあやかりましょうか.



2005.09

(番外)「一休さん」に怒鳴られた

酷暑の京都に五山の送り火(8月16日)を見に行ってきました. 京都だからということで全行程を着物で通しましたが,ほとんど着物の人には出会いませんでした. 考えてみれば,ホテルや観光地にいるのは京都の人じゃないですからね. でも,街の普通のクリーニング屋を覗くと着物もたくさんかかっていますから,普段からよく着物は着ているのでしょう.

いくつかのネタ――着物では暑かろうなどと言われましたが,灼熱のアスファルトは別として,実際にはむしろ涼しいこと,とか――は,とりあえずみんな別の機会に回し,一つだけ観光報告をします.

京都の南,京田辺市にある一休寺(酬恩庵)に行きました. 一休禅師が大徳寺の住職になった時もここから通ったそうで,墓所もここにあります. 綺麗な,気持ちのいいお寺です.

ここの方丈には,一休禅師が自ら作らせた等身大の木像が安置されています. 住職におことわりして,禅師像に献笛させていただきました. 始めはいい調子だったのですが,紫鈴法を吹いている途中でちょっと余分なことが頭をよぎったら途端にしくじって,一休禅師に怒鳴りつけられたような気がしました.


境内の一角に,箒を持った少年の一休さんの像がありました. そこで,さっき怒鳴られたお返しに,一休さんにも尺八を吹かせてあげました.




2005.10

(21)その場その時

この連載,毎回自転車操業で書いていると思われているかも知れませんが,そうでもありません;というより,実際はもっと大変なんです. 夏には夏の,冬には冬の,春にも秋にも,その時のネタしか思いつきません. ですから,掲載月にあわせた話題を選ぼうとすると,ネタを仕込んで,文章になったころにはもう遅くて,11ヶ月後に回すことになります. ところが1年後には状況が変り,使えなくなってしまう話題もあります. 無常な時の流れの無情なこと. と,まあ,こんなつまらん文章でも,1年越しで書いているというわけです(それもそろそろネタ切れ).

文章に限らず,なんでもその時・その場,でないと上手い具合には心が働いてくれません. 着物はどうしたって季節と関係してきますが,一方,音楽は季節というより,場の方が重要です. とりわけ抽象的な音楽になればなるほどそうです.

尺八の本曲など,抽象的な音楽の最たるものでしょう. どうも私は,明るいところやパソコン類のあるところなどでは,本曲を吹くどころか,曲の練習すらする気になりません(練習不足の言い訳みたいですが,でもまあ,その代わり,ロングトーンの時間は逆に増えます). もっとも,本曲を吹くことが諷経と同じことなんだったら,ところかまわずお経を声を出して読み回ることの方が変ですよね-瘋癲の普化禅師じゃあるまいし,まっとうな在家の生活者である我々にとっては. あ,プロの演奏家は別ですよ. プロはどんな場であろうと,気が乗らないなんてことは許されません. 場を変えるのもプロの務めでしょう.

さて,我々がところかまわず本曲を吹くには,やっぱり袈裟を纏って天蓋を被らないと,ですね. 一月後には,秋の秩父の虚無僧行脚です.



2006.01

(22)晴れ着

「着物」といえば「晴れ着」のことを指すと思う人もいるようです. その代表は,成人式の振袖でしょうか. 一生に一度のこととは言え,たった一度のために高価な着物を仕立てて, そのまま永久に箪笥の肥やしにする,というのは不合理な気もします. 最近では,その高価な晴れ着を酒でグシャグシャにして暴れまわる新成人もいるようですね.

それはさておき,年に一度のお正月も,ハレの日です. ところが最近,お正月に晴れ着を着る人がどれほどいるのでしょう.

初詣―私は人出で有名な所にはめったに行きませんが,毎年, 歩いて行かれる近くの神明社,天満宮,地蔵尊などにお参りしています. そこで気づいたことがあります.

いつの頃からか,私が行くような近場の神社仏閣の参拝者が増えました. 世の中の景気が悪くなった頃からでしょうか. 神頼みしたいことが増えたのか,遠い有名所より近場で済まそうということか,‥‥‥.

全体が増えたからかも知れませんが,着物の割合は減ったようです. 「和」ブームとかで,街では着物をよく見かけるようになったのに,です. 着物どころか余所行きの出で立ちが減って,寝間着姿みたいな参拝者が増えました. いくら自宅の近所だからって,この日は特別なハレの日なのですから, それなりの出で立ちで臨まなければ,神様仏様,周りの人に迷惑です.

着ているものよりもっと嘆かわしいのは,神前・仏前での作法です. 拝あるいは低頭しないまま,神社で合掌したりお寺で拍手をうったり ―いくら神仏習合とは言え,これでは神様・仏様に失礼です. 神様と仏様の区別にも無頓着なんでしょうね. 他人の礼拝の様子を観察していると,結構面白いです.

たぶん一番の問題は,「けじめ」をつける気持ちでしょう. ハレとケのけじめをわきまえていれば,正しい作法にも自然と気づくでしょうし, 寝正月のついでに初詣することもないでしょう.

さて初詣―着物を着て出かけるのにこれ以上ぴったりな機会はありません. 暮れの大掃除で着ていた作務衣は脱いで,着物に着替えて出かけましょう. 帯び結びに自信が無くても,冬は羽織を着るから大丈夫.寒そうだったら, 中に暖かい物を着ればいいでしょう.ただし,マフラーは必需品.



2006.02

(番外)私の齢は?

ある日,狛江から,修理のあがったばかりの尺八(長管と8寸の2本)を持って電車に乗りました. 昼間で,電車はガラガラに空いていました.

向かいに座っていた老爺が盛んにこちらを見ています. 『変な爺さんだなぁ. 絡まれたら嫌だな』と思って眼をそむけていると,その老爺,何か言い出しました.

「先生」. ん?誰のことだろう. 「先生!」. どうやら私を指しているいるらしい. 「先生!!」『は?』.

「先生,フクダランドー知ってるかい?」『はぁ?』「福田蘭童,知ってるかい?」『え? はあ,まあ』.

「そうかい. いい音だったねぇ. 儂は昔,東神奈川で消防をやっていてね,設備の点検でよく先生のお屋敷にも行ってね,お願いして何度か聞かせてもらったもんだよ」. 『はあ,そうですか』.

「先生-あんたのことだよ-先生,これから弟子を教えに行くのかい?」 『いえいえ,弟子なんてとんでもない.まだ習い始めのヒヨコですよ』.

「それ尺八だろ?」『はあ,これは尺八です』.

「じゃあ,その長いのは何だい?」『いや,まあ,その,これも尺八ですけど‥‥』.

「まあいいや. 先生,あんたは儂よりはまだ10か15位は若そうだ. 頑張ってあんな尺八吹いてくれよ」. 『は,はぁ‥‥』.

「儂はもう80だから‥‥」. 『‥‥‥えっ,えぇっと,あのぉ‥‥,私まだ50ちょっとなんですけど‥‥‥』.

「あっ,これは失礼. いや,ずいぶん立派な着物着てるもんだから‥‥‥‥,じゃ,じゃあ,‥‥頑張ってくださいよ」. 『は,はぁ‥‥ありがとうございます』. こうして老爺は,次の駅でそそくさと降りて行きました.

着物が褒められたのはいいとして,そんなに年喰って見られたのはちょっとねぇ. いや,あの爺さん,実は着物じゃなくて頭髪で見積もったな. 帽子を被っていなかったのが敗因か. でもまあ,70にも見られた私が55にもなっていないということは,実は15年も儲けたのかも知れません. 『よし,頑張ろうかな』‥‥‥何を?



2006.09

(23)浴衣会の浴衣率

百錢会の浴衣会にここ3年連続で参加しました.昨年の浴衣会では,一昨年に比べて浴衣(浴衣以外の和服も含めます)の人がずいぶん増えて,これで「百錢会の作務衣会」とは言われないで済みますね,などと喜んだものでした.私のこの「着物話」が功を奏したか,と,ほくそ笑みもしました.

ところが今年はどうしたことか,またずいぶんと少なくなってしまいました.師匠を除く会員の演奏者に占める浴衣(和服)の着用率を,「浴衣会の浴衣率」として計算すると,昨年が43%であったのに,今年は21%で,半分以下に減っています.

演奏者の浴衣率は下がっても,演奏者以外の浴衣率は上がったかも知れません.その一人,遠藤さん(男性です)は,この浴衣会を「全員が浴衣姿で本曲を演奏する会」と思い込んで,ご自身も粋な和服姿で来てくださいました.遠藤さんは我々の会員ではありませんが,本曲吹きで,和服が大好きな方です.演奏よりむしろ浴衣を楽しみに来てくださったようで,ちょっと申し訳なかったかな(私も誘った一人ですので).

しかし,世の中の浴衣・和服ブームは,まだまだ決して衰えてはいないようです.「ブーム」というより,むしろ定着してきているようです.着物のリサイクルショップは数も増えているようだし,男物のコーナーを設けることも多くなっています.また,通常の呉服店でも,以前は,とくに男物ではベラボーな値段の反物を少し置いているだけだったのに,近頃は手ごろなものも揃ってきたようです.まあ,私のアンテナが敏感になったせいでそう感じるという点もあるでしょうが.

今年のお盆に,家内の実家の庭でバーベキューをしました.家内の姪が,浴衣を着たくてなって着付け教室に通っているとか.今ではオタイコも練習し始めたとか.へ~ぇ~,この娘がねぇ……….彼氏を連れてバーベキューに参加した彼女に「伯父さんの尺八聞かないと夏が来た気がしないよ」と言われて,つい調子に乗ってしまったのでした.今まで彼女からそんな言葉はついぞ聞いたことはなかったのに.

ということで,尺八の地位向上のためにも浴衣を着ましょう.私の着物話はいかにもネタ切れですが,それでもいくらか搾り出したネタで,来年の浴衣会に備えましょう.



2006.10

(24)体重計ダイエット

若い頃の私の体重は48kg程度でした.身長は169cmですから,痩せすぎだと言われましたが,私にすればこれが自然でした.ところが十数年前から次第に増えはじめ,数年前からはそれが加速し,ピーク時には,64kgにまでなってしまいました.体重としては大したものではありませんが,70kgの人が91kgになったのと同じ計算ですから,私にすれば大変なことです.

加速が始まったのは,坐禅と尺八を始め,煙草をやめて,着物をよく着るようになったのと,時期がほぼ一致します.最初は,坐禅と尺八と禁煙のせいで健康になったものと思い,着物を着るには少々お腹が出ている方が恰幅よく見えますから,むしろ喜んでいました.

しかし,さすがに楽観してはいられなくなりました.まずは穿けるズボンが無くなり(そのためますます着物をよく着るようになり),正座は辛くなりました.そして,血圧が上がった(上が180mmHgを超えることもしばしば)のは文字通り致命的です.

そこで,いわゆるダイエットを始め,1年ほどで56kgまで減らすことができました.

さてそのダイエットですが,実は,毎日体重を量ってグラフにしただけのことです.それ以外,特には何もしていません.毎日,時刻を決めて,必ず体重計に乗る,ということを習慣にしただけで,ほんのちょっとの食べ過ぎの量を控えることができたようです.まさに,「継続は力」ということでしょうか.一度にする過度・過激なことよりも,不断の僅かな心掛けがいつのまにか結果を連れてきてくれるということの,好例でしょう.

坐禅も尺八も同じことでしょう.坐禅には「接心」というのもありますが,それはさておき,日常の中でも坐ることを忘れず,尺八も毎日欠かさず音くらいは出すこと.着物を着るのも,なにか構えて,さあ着るぞ,というような気持ちで着ても肩が凝るだけですから,なんとなくいつも着ているというのが一番です.

なお,残念ながら,ダイエットは血圧の方にほとんど効果は出ていません.やはり塩分を控えねばならないのでしょうが,ちょうど「食欲の秋」.まことに恨めしいところです.



2006.11

(25)着物にポンチョ

去年はいかにも寒い冬でした.20年ぶりの寒さだったとか.でも,ということは,我々にとってはこれまでに何度も経験した寒さということですよね.温暖な静岡県生まれの私でさえ,軒下にできたツララの思い出があるくらいですから,近年が異常に暖かかったのであって,そんなに大騒ぎする寒さでもなかったのかも知れません.

それにしても,あの突然の寒さには,出かける時の着物に難儀しました.長着に羽織(羽織は防寒着ではありません)を着てマフラーをする程度では堪らず,遠赤外線のシャツだの股引だのを着込んでもまだ寒い.それに,あまり下に暖かいものを着込んで出かけると,今度は行った先で暑くて困ります.

私は,和装用の外套を持っていません.和洋折衷のトンビは気にいらないし,角袖もピンと来ない.そもそも値段が高くて買えません.古着屋でも見つかりませんでした.

さて,去年の虚無僧研究会の献奏会は,まだ11月と言うのに格別寒い日で,しかも会場の福島に行くバスの集合は早朝です.苦肉の策,何年も押入れに仕舞いこんであったポンチョを引っ張り出して,羽織の上から纏ってみました.ポンチョとはアンデスの民俗衣装で,アルパカの毛を織って作った貫頭衣です.まあ,毛布の真中に穴を開けたようなものですね.かつてアンデスの音楽をやっていた頃のステージ衣装にしていたものです.

着物の上にポンチョを着て出かけるのはなかなか勇気のいることでしたが,着てみるとこれが実にぴったり.見栄えもそんなに悪くありません.家内も「よく似合う」と言ってくれました(ただし,ポンチョを着たら絶対に一緒には出かけない,と宣言しましたから,その意味でもこれはなかなか便利なアイテムです).着物もポンチョも,洋服のように身体に合わせて形を作りこんだものではなくて,纏うものです.和服はもともとポンチョのようなものから進化発展したそうですから,組み合わせ可能なのは当然かも知れません.そして何より,標高4000メートル位の高地に住む人たちのものですから,とても暖かです.

ところで,ポンチョを着たら,ケーナが懐かしくなりました.尺八とケーナはほとんど同じ構造の楽器ですから,混乱が心配で,尺八を始めてから今まで,ケーナにはいっさい触れていません.ところが,この献奏会の参加者の一人,仙台の高橋泰祐さんという人は,若いのに素晴らしい根笹派の尺八を吹きますが,実はアンデス音楽(フォルクローレ)の世界ではケーナ奏者としても大活躍しています.この出会いは,私には少々ショックでした.

高橋さんは,同じところは同じ,違うところは違うとしっかり認識していれば,ケーナにも尺八にも支障はないとのこと.支障がないどころか,あれだけの演奏ができるのですから…….着物にポンチョ,あんまり頑なな尺八だ本曲だという固執をちょっと離れてみる余裕があってもいいのかも知れないな,などと思ったのでした.



2007.02

(26)人の値札に着物の値段

今年の冬は今のところ暖かい日が多く,梅も菜の花も,例年より随分と早く咲いているようです.早咲きで有名な伊豆の河津桜も,今年は早そうです.

しかし,昨年の冬は寒かったですね.おかげで,昨年は河津に2度も行きました.河津桜の見頃は,例年,2月中旬です.それにあわせて宿まで予約して行ったのですが,あの寒さで開花が遅れ,まだ蕾でした.それから2週間,遅れていた河津桜の満開のニュースをテレビで見たら,悔しくなって,もう一度行って来た次第です.

ところで,1度目は,少々高級な旅館に泊まるため,一張羅(ン十万円)の着物で行きました.堤に出た売店に寄ると,店のオバさんが「まあ,素敵なお着物ですね」,手に持った布袋に入った棒状のものを見て「尺八ですね!」などと声をかけてきました.訊けば筝曲をやっているとか.とにかく大変な厚遇を受け,無料サービスのお茶を注ごうとすれば茶葉を替えてくれたり,湯飲みを運ぼうとする家内には「奥様,お盆をどうぞ」などと,こそばゆいこと限りなしです.気をよくしたせいか,ここで食べた海苔弁当,実に美味に感じたのでした.

2度目は衝動的な日帰りドライブでしたから,着物はやめて家内は普段着の洋服,私はボロ作務衣でした.朝食も食べずに走ったので,あのおいしい海苔弁当が楽しみでした.河津に着く早々,売店に行けば,2週間前と同じオバさんがいます.しかし,私が「先日はどうも」と挨拶しても反応がありません.あれ?と思いつつ,手の尺八をそれとなく見せながら「また来ましたよ」と言ったら,オバさん,「あ~猿を連れていた人かね」.…〈唖然!?〉…うちの「奥様」を「猿」と見ていた訳ではなかろうし,尺八が猿回しの棒に見えたのでしょうが,それにしても……

結局,あの時オバさんが歓迎したのは私ではなく,尺八吹きでもなく,「高そうな着物」だったんですね.一休禅師が,招かれた貴族の邸に粗末な袈裟で出かけたら追い返され,立派な袈裟で出かけたら歓迎されたので,「御用のあるのはこの袈裟か」と袈裟を脱いで置いて帰ってしまったという逸話がありますが,それですね.

着物でいると,こういう理不尽(高低とも)な待遇は多少なりとも常に経験します.他人が見るのは私ではなく,私を包む着物だってことですね.それをもう少し複雑にしたのが,虚無僧姿の私に向けられる目なのでしょう.



2007.03

(27)針仕事

着物を着始めた最初のころ,半襟というものを認識していませんでした.半襟を付けずに襦袢をきていたかも知れません.今思えば恥ずかしい限りです.

半襟とは,襦袢の襟の上に重ねて付けておく布です.襦袢も普通はあまり洗いませんが,肌に直接触れて汚れるのは襟だけですから,この半襟だけ取り外して洗えばいいわけで,実に合理的です(詰襟の制服に付けたカラーみたいなものですね).また,様々な色の半襟に取り替えることができますから,とてもお洒落です.まさに古人の知恵といったところです.

こんなお洒落(実用も勿論)のためには,半襟の取替えくらいの針仕事は,自分でも出来たほうがいいでしょうね.私も着物を着始めてから,たまには針を使うようになりました(たいていは家内に任せてますが).ただし,半襟をたびたび取り替えるのは面倒なので,安い半襦袢を何枚か用意して,違う色の半襟を付けておくのも手です.

ところで,針仕事を覚えたついでに,尺八袋を自分で作ってみました.材料はハギレ.ハギレなら素敵な紬でも100円くらいからありますから,実に安上がりで見栄えのいいものができます.

尺八袋の自作にあたって,ちょっと自慢できる工夫があります.それは,裏地として,防水加工のテーブルクロスを使っていることです.少しゴワゴワするという難点はありますが,大切な尺八の安全のためには大いに役に立っていると思います.尺八を乾燥による割れから守るには,密閉したビニール袋にでも入れておくのがいいのでしょうが,この尺八袋ならまずまず大丈夫だろうと思います.

と,自慢をしておきながら,実は今,自己嫌悪の真っ最中なのです.と言うのは,つい先日,乾燥注意報の出ている日でした,大事にしていた一尺八寸管がピシッ!という大きな音とともに割れてしまいました.この尺八はただの布の袋に入れていたのでした.と言うのも,長管用の尺八袋ばかり作って,八寸管用はまだ無かったのです.悔やんでいてもしかたありません,八寸管用の尺八袋も作ろうと思います.

でも,半襟付けくらいならいいですが,手縫いで尺八袋を作るのは少し大変です.ミシンでも買おうかと思います.割れた尺八の修理代よりミシンの方が安そうです.



2007.05

(28)大慌て

着物で出歩いていて,これまでで一番慌てたのは,電車の中で帯が解けてしまったことです.他にもいろいろなことがありましたが,これ以上のことはなかったと思います.

ある冬の日の,恵比寿での稽古の帰りでした.稽古の後,何人かでお酒を飲んで良い気持ちに酔っ払い,途中の乗り換え駅(品川)まで一緒のMさんと乗った山手線の中でした.吊り革につかまって立っていたのですが,なんとなくお腹のあたりが頼りないような気はしていたのです.品川駅で降りようとした時,吊り革から離した手をふと腰のあたりに持っていって,………唖然! 帯が半分解けて,ずり下がっているではないですか.もう,びっくりして,恥ずかしくて,まさに頬から火が出る思いでした.いい気持ちだった酒は,一瞬にして醒めました.

酔っ払って,尺八を刀のように腰に差したり抜いたりしていたのが,帯の解けた直接の原因だったでしょう.でも,刀を差したり抜いたりしただけで帯が解けたのでは話になりません.やっぱり最初から,締め方に問題があったに違いありません(侍がチャンバラしても解けないという片挟みだったんですけど).そういえばこの日の稽古では,「手にも音程にも悪いところはないが,下腹に力が入っていない」と師匠に指摘されたのでした.これも帯が緩んでいたせいだったかも知れません.

とにかく片手で帯を手繰り上げ,それを羽織の上から押さえて,Mさんにはさりげなく別れを告げ,大急ぎで駅の通路の物陰に逃げ込んだのでした.そこでようやく締めなおして,なんとか無事に湘南電車の最終に乗ることができました.

冬で,羽織を着ていたから,Mさんにも他の誰にも(たぶん)気付かれなかったと思うのですが,もしも羽織なしの着流しでいたら……….それと,しっかり腰紐をしていたのも幸いでした.もし腰紐をしていなかったら,それこそぞっとします.腰紐はしないでも帯は結べますが,外出するにはやっぱり,万全の態勢で臨まないといけませんね.

とくに虚無僧は,腰には替え竹を差しますし,もちろん羽織は着ませんから,要注意.帯の解けた虚無僧ではちとみっともないですから.



2007.06

(29)ツンツルテン

三味線の話ではありません.着丈(きたけ=着た時の着物の長さ)の短すぎることを,「ツンツルテン」と言います.着丈は,踝(くるぶし)が隠れるくらいがちょうどいいのだそうですが,私の着物のいくつかは,それより短い,いわゆるツンツルテンです.襦袢も足袋もなしで着る浴衣ならツンツルテンでいいですが,正式な着方をする時はやはり着丈が必要です.足袋と裾の間に脛毛が見える,というのはどうにも......

古着には丈の短いものが多いようです.それをちょっと身体に当ててみるだけで買ってしまうと,その時はちょうどよさそうに思えても,実際にしっかり帯をするとかなり短くなります.もちろん,着方や体型にもよるでしょうが,はおっただけの時に裾が完全に床につくくらいでないと駄目なようです.

ツンツルテンでとりわけ悔しいのは,反物から仕立てた麻の単(ひとえ)が短かすぎたことです.それは初めて手に入れた夏の着物でした.最初は,夏物だから短くたって構わない,くらいに思っていたのですが,気になりだしたら,やっぱりどうにもみっともなくて着られなくなってしまいました.結局,仕立て屋さんに頼んで,丈を伸ばしてもらいました.ずいぶんとまけてもらいましたが,本来なら仕立て代くらいのお金がかかるところでした.

これから着物を仕立てるならば,私の轍は踏まないで下さい.何はともあれ,着物を着て着物屋に行きましょう.仕立てようとする着物と同じような着物(袷か単か,素材も)の方がいいですが,最初なら浴衣でもいいでしょう.しっかり帯を締めて,普通に過ごせる着こなしの状態で,着丈を見ます.ちょうどよい長さに対して,どのくらい短いあるいは長いのかを測り,その着物の丈に今計った値を加減して,仕立てます.

着た時の短かくなる程度は,袷より単の方が大きいようですから,注意が必要です.なお,麻や木綿の単は私は,自宅で洗濯してしまいますが,洗濯で縮むことも計算に入れたほうがいいです.とくに麻は縮みますから,かなり長すぎるかな,と思うくらいでよさそうです.

ところで,虚無僧の着物は別です.膝下あたりまでの着丈にして,脚絆を着けます.踝まで裾があるような着物では,歩くのには適しませんから.ただし,着物は短く着ることはできますから,わざわざ短い着物にしなくても大丈夫です.なお,舞台用の着物の調達も,何も心配しなくて大丈夫.袴を着ければ裾は見えません.

袴さえあればツンツルテンの着物も問題なく着られるのですが,でも,今時,袴を穿いて出歩く人ってとんと見ませんね.



2007.07

(30)カビ

梅雨の中休みのある日,まだ6月だと言うのにずいぶんと暑い日でした.ちょっと出かけることになり,箪笥から麻の単の着物を取り出しました.帯を締めて,最後に鏡を見てびっくり.黄色の着物なんですが,襟の辺りになんだか黒い部分がある.よく見ると,なんと,カビです.もう着てしまった後だし,時間もないので,叩いて取れるだけ取って,あとは諦めてそのまま出かけました.

思えば,梅雨の直前にもずいぶんと暑い日があり,その時もこの着物を着たのでした.しかもその日,酒を飲んだような気がします.恐らくその時,食べ物か飲み物が襟について,それがカビの原因になったのかも知れません.箪笥にしまう前に,よく乾かしてからしまうべきでした.とは言っても,梅雨のこと,乾かしようも無かったわけですが......いつもだったら,ひとしきり着たら,洗って,乾かして,それからたたんで箪笥にしまうのでした.

でも,まあ,カビでよかったです.しかも麻なので洗えますから,洗えばカビは落ちるでしょう.もしこれが虫だったら,エライことでした.防虫剤はなんだか嫌で使っていませんから,絹やウールがどうなっているのか,怖くて見られないでいるところです.

ずっと昔,アンデスの音楽(フォルクローレ)をやっていたころ,ステージ用の帽子(アルパカの毛で出来ていました)が虫に喰われました.発見した時,その虫,羽のある成虫になっているヤツもいました.被ろうとした帽子から小さい羽虫が飛び出したのには驚きましたよ.

それにしても,箪笥にしまうと何となく安心していましたが,とんでもないですね.尺八が乾燥して割れるのを防ぐために箪笥にしまうのなら,同じ箪笥にしまった着物にカビが生えるのも当然です.箪笥もよく考えて使わないとえらいことになります.

ところで,箪笥にしまった尺八,よく見たら内部はカビだらけ,なんてことはないでしょうねぇ.



2007.11

(31)忘筌

尺八を巧く吹きたいと思います.技術を磨きたいと思います.豊かな音色で,きっちりしたピッチで,旨いリズムで,魅力的な旋律を紡ぎ出したいものだと思います.

けれども,本当は巧く吹くことが目的ではありません.たとえば,自分の声のように自然に歌い,謡いたいと思います.いや,声も要りません,ただ息をするように自然にありたいと思います.いやいや,息だって要りません,ただ祈るように,いや祈りそのものになってしまいたいと思います.いつかそうなれるためには,とりあえず技術を磨くしかありません.けれど,たぶん,そうなってしまえば,もう技術に拘ることもなくなってしまうのでしょう.尺八そのものは所詮道具なのですから,最後は,尺八そのものにとらわれることはないのだろうと思います.

少し大袈裟な話になりました.こんなことを言いたいのではありません.実は,「着物話し」のネタが尽きてしまったのです.

ふと気付くと,「着物話し」のネタを探すために着物を着ようとするようなこともありました.これは本末転倒です.ネタが尽きるのは当然で,着物を着るなんて本来は日常生活の一部であり,日本人なら元々誰でも当たり前にしていたことです.私にしても,しばしば着物を着ているうちに,特段新たな感慨もそうそうは起こらなくなったし,とりわけ,薀蓄が次から次へと沸いてくる道理はありません.先端技術の開発をしているわけではないのですから.

このシリーズ,休み々々とは言え,連載を始めてなんと丸4年を過ぎました.でもここ暫く,ネタ切れで,連載も終わったような続いているような,中途半端な状態でした.これはいかにも潔くない.ここは,一先ず筆を置くこととします.長い間お付き合いいただき,またいろいろ反応もいただき,有難うございました.でも,何か面白い話題が見つかった時は,番外編とか補遺とかとして書かせていただくかも知れません(潔くないですね).

いえいえ,ついでです.本音を白状してしまいます.実は,着物というキーワードに囚われるのが,少し苦痛になってきたのです.もちろん,着物を脱ぎ捨てるわけではありませんよ.ただ,着物々々と頑なに拘るのではなく,自由に,着られるものを,着られるように着ればいいかな,と思っています.会報の埋草も,もっと自由な話題で,いろいろ書いてみたいとも思い始めたのです.

*最後に,裏の事情も明かします.実は,それでもまだ少しは残っていたネタの断片の入っていたファイルを,うっかり消してしまったのです.そう,パソコンの見事な操作ミスでした.え~い,パソコンなんて嫌いだいっ!



続編の着物ちょっと話