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捏造版 : カラス神話






1 カラスの誕生とアトランティス

カラスは太陽の光から生まれた. カラスは始め,白い,眩いばかりに光り輝く,純白の鳥であった. カラスは太陽の鳥だったのである.

カラスが生まれたのは,アトランティスという所であった. アトランティスは,大西洋の真ん中にあった. そこは,神々と生き物たちが平和に暮らす楽園であった.

アトランティスでは,神々も人間たちもその他の生き物たちもみな,各々に定められたところに従って働き,各々に充分なだけの報いを得ていた. だから,欲望というものはないし,従って他を憎むことも,他を妬むことも,他と争うことも一切なかった. アトランティスは,そんな,平和で豊かで平穏な世界であった.

このアトランティスでカラスに与えられていた役目の一つは,太陽の世話をすることであった. 太陽は毎日毎日,同じように燃え続けなくてはならない. しかし,時々太陽は,燃えすぎたりうまく燃えなくなったりすることがある. 太陽に時々黒い点が現れるのはその徴である. こんな時の太陽の燃え方を調整するのがカラスなのであった. また,太陽の意思を他の神々や人間たちやその他の生き物たちに伝えることもカラスの役目であった.

こうしてカラスは,毎日,地上と太陽の間を行ったり来たりしながら,平和で穏やかな日々を過ごしていた.

ところがある日,アトランティスの神々の一人,海神が,ある善からぬことを思い立ってしまった. 海神はその役目柄,アトランティスの外の世界との交渉があったから,アトランティスの世界にはなかった「欲望」というものを知っていた. 海神は,アトランティスの外の世界を征服してしまえば,自分はもっと豊かな神となれるであろうと考えた. しかしこれは,他の神々が気がついてからでは遅い;自分の取り分が減ってしまう. 海神は,明日はさっそくこれを実行に移そうと考えた.

夕方になってこれを打ち明けられた海神の妻は,夫のこの素敵な思いつきにいたく感銘し,有頂天になり,夜になってから,友であった風神の妻に,ついうっかり喋ってしまった. 聞いたのが,なにしろ風神の妻であったから,海神のこの企みは,一夜のうちに,アトランティス中の神々(ただし夜は静かに眠っている太陽を除いて)の知るところとなってしまった.

一夜明けたアトランティスは,大騒ぎになっていた. これまで欲望ということを知らなかった神々が,ある者は海神に出し抜かれてなるものかと騒ぎだし,またある者はそれを鎮めようとする. 騒ぎは神々ばかりではなく,人間たちにまで広がった. 神々の混乱に乗じてこの世界を乗っ取ろうとする人間まで現れて,神々も人間たちも入り乱れて,互いに傷つけ合い殺し合い,平和だったアトランティスは地獄の有様となった.

地の神は身体を揺すってわめき散らし,火の神は山さえ爆発させ,風の神はあらゆるものをなぎ倒し,水の神は地上のあらゆるものを流しさった.

夜の間の出来事を知らなかった太陽には,もはやどうすることもできず,途方に暮れてただおろおろするしかなかった. 煤煙と砂埃と黒雲が太陽の願いを空しくかき消してしまうのだった.

もはやどうにもならないことを悟ったカラスは,〈こんな世界は消えてしまえ〉と呟くと,大西洋を東へ,太陽の昇る方角を目指して飛び去っていった.

カラスの去った後のアトランティスは,その日のうちに海に沈んで,この世から消えてなくなってしまった.


2 ギリシャのカラス

アトランティスから東に進んだカラスは,地中海に面する緑豊かな世界,ギリシャにたどり着いた.

ギリシャの山の中腹にある大きな神殿を見つけ,カラスはそこで翼を休めることにした. それはギリシャの大神ゼウスの,オリュムポス山の神殿であった.

神殿は,もぬけのからであった. ギリシャの大神ゼウスは天空の支配もそこそこに,鷲にでも化けて,またしても女あさりに出かけたのであろう. おかげでカラスはゆっくりと寛ぐことができた.

カラスが疲れを癒していると,そこへ人間たちがやってきた. 西の海の向こうで起こった突然の火柱,そして大地の震え,やがてやってきた津波,これらの大事件についての,大神ゼウスの託宣をもらいに来たのだ. しかし神殿には誰もいない.

ゼウスはカラスにとってはいわば身内である. 身内の失態を見過ごすことのできないカラスは,ゼウスの代わりに,人間たちに事の真相(アトランティスでの出来事)を話した. もちろん物陰から,精一杯ゼウスの声色を使いながら.

大神ゼウスは,大変なしわがれ声である. カラスは,精一杯しわがれ声を出した. このおかげでカラスは咽を潰してしまい,それからカラスの声は少々しわがれ声になってしまったのである.

さて,カラスの話しを聞いて納得した人間たちはゼウスに感謝しながら帰って行ったのだが,この顛末を物陰から見ていた神がいた. 見栄え(ルックス)だけはいいがあまり評価の高くない,牧畜の神,アポローンである.

アポローンは,以前から,大神ゼウスが自分の子分として鷲を使っているのが羨ましかった. カラスの能力に感嘆したアポローンは,人間たちが神殿を去ると,さっそくカラスに声をかけ,自分の処に来るように懇願した. いかついゼウスにいかつい鷲がいるように,白くて賢い鳥,カラスを自分のものにしようと考えたのである.

アポローンはゼウスの子の一人である. カラスはアポローンの申し出を受け入れることにした.

カラスはアポローンの神殿に住み,アポローンの仕事を手助けすることになった. カラスは忙しく働き,アポローンはカラスにずいぶん重宝した. カラスは太陽の鳥だから,天候のことも知っている. 晴雨についての予言をアポローンに与え,アポローンはそれをそのままアポローンの託宣とした. おかげでアポローンは,牧畜に加えて農耕の神としても人間たちに,そして他の神々からも崇められるようになった.

そればかりか,アポローンはカラスを介して太陽をも操り始め,やがていつしか,ゼウスとともに太陽の神とまで思われるようになっていた. このようにしてアポローンは,カラスのおかげで,随分と優勢な神に出世していったのである.

出世して有頂天になったアポローンは,他のギリシャの神々と同じく色遊び耽るようになっていった. 相手は女神や妖精,人間の女,少年から,果ては動物だって構わない. 遊びはどんどんエスカレートし,相手を殺したって平気だ. 今ではヒアシンスという花になって,刈り取られた生の悲しみに耐えている美少年ヒュアキントスも,遊びの挙げ句にアポローンに殺されてしまった一人だ(もっともこの事件は,単なる事故として処理されてしまった).

カラスはそんなアポローンを諌めようとしたが,カラスの言葉に貸す耳はアポローンにはもはや無くなっていた. それどころか,世界のあっちにもこっちにもできてしまったアポローンの愛人たちの監視を,カラスに命じる始末である.

しかたなくカラスは,毎日太陽の様子を見に行くついでに,各地のアポローンの愛人たちの処にも立ち寄ることにした. おかげでカラスの仕事は,ますます忙しくなってしまった.

そんな折り,アポローンの愛人の一人コローニスの浮気の現場を見てしまった. カラスは悩んだ. この事実をアポローンに知らせるべきか,はたまた知らぬ顔を通すべきか. 単細胞なアポローンは何をしでかすかわからないが,しかし不貞も許せない. 一晩悩んだ挙げ句,カラスは事実をアポローンに伝えた. カラスは太陽の鳥である. 太陽の鳥が偽ることはできないのだ.

コローニスの不貞に逆上したアポローンは,案の定,コローニスとその相手の男を,すぐさま殺してしまった. ただ,コローニスの腹にはアポローンの子がいたが,子供だけはコローニスの腹を裂いて取り出したので助かった.

こういう3面記事的事件はギリシャの神々の間で日常茶飯事ではあったが,人気急上昇中の神アポローンの醜聞だけに,話題になった. またアポローン自身も,しばらくすると後悔し,淋しくもなり,挙げ句の果てにカラスを逆恨みしはじめた. 曰く「お前が要らぬお節介でつまらんことを知らせるからこんなことになったんだ.すべてお前が悪い」. そしてカラスを太陽の熱で丸焼きにし,黒焦げにしてしまった.

息も絶えだえになったカラスは,オリーブの油を身体に塗って,痛みを癒した. すると,焦げたカラスの羽は黒い高貴な光に輝き始めた. カラスが今のような美しい漆黒の鳥となったのは,この時からなのである.

やがて再び空を自由に飛べるようになったカラスは,〈こんな世界は荒れ果ててしまえ〉と呟くと,地中海を東へ,太陽の昇る方角に向かって飛び去っていった. カラスの去った後のギリシャでは,豊かだった緑は枯れ,神々の神殿もいつしか廃れてしまった.


3 ノアの方舟とカラス

さて,東に向かったカラスは,地中海の東の岸までやってきた.

カラスはさらにもう少し東に進み,ノアと呼ばれる600歳の老人の家を見つけて,その近くに住むことにした. ノアは,その土地の神の創造した最初の人間,アダムの末裔であり,アダムから数えてちょうど10代目にあたる.

ギリシャとは違い,この世界には神はたったの一人しか存在しない.だから,神はまったく絶対的な,そして独裁的な存在であった.

それにもかかわらず,ここの人間達は,いつの間にか,自分達を創造してくれた神を忘れ,堕落した生活を送るようになっていた. 人間は神をないがしろにした上,その神の独裁体制だけはみならって,人間以外の動物は家畜として,あるいは人間以外のあらゆる生き物は食べ物としての価値しかないものと決めつけていた.

人間以外の動物も植物も地水火風あらゆるものをも人間のためにあるものと考えていたから,まさか動植物・自然にも神性があるとは夢にも思っていなかった. だから,無論,自分の近くに住み着いたカラスを神の知り合いだとは,ノアだって気がつきはしなかった.

さて,人間たちのあまりの堕落に激怒した神は,人も地上の動物達もすべて抹殺することを思いたった. その方法は,大量の雨を降らせて,地上を海に変えてしまうことだった.

これを知ったカラスは,せめてノアだけは助けてやろうと,方舟を作り,その家族と地上の動物達を乗り込ませるようにノアに薦めた. だがノアは,カラスの言葉などには耳を貸さなかった.

それでも,この人間達がみな滅んでしまうのは忍びないと思ったカラスは,ノアの夢に現われて,そのことを伝えた. これをノアは神のお告げだと信じ,やっと言われたようにした. その一方で,少し前に神と同じようなことを言ったカラスを不気味なものと感じた.

やがて雨は40日40夜降り続け,地上は海となった.

雨が止むとさっそく,ノアはカラスに地上を探しに行くように命じた. ノアにとってカラスはどうも不可解な,胡散臭い存在であったのだ.このまま帰って来なければよいとさえ思った.

カラスはむろん,まだ乾いた土地がないことを知っていたが,ノアは,地上を見つけるまで船に戻るなと命じた. しかたなくカラスは船を出て,東へ,つまり太陽の昇る方角を目指して,遥かに続く海の上を,翼を休ませる島さえない海の上を東へ,飛んで行った. やっと乾いた土地を見つけた時には,そこは中国であった.

ノアは,カラスが帰ってこないのを内心喜びながらさらに何日もの間を船の上で平穏に過ごし,充分水が引いたころを見計らって,今度はハトを放した. ハトはやがてオリーブの小枝をくわえて帰ってきた. やっと乾いた土地が出来たのだ.

ノアに失望したカラスは,〈自分の力だけで生きてみるがいい〉とつぶやいて,二度とノアの船に戻ることはしなかった. その後,ノアの子孫達は,永住する土地を失い,さまよう民となった.


4 中国のカラス

カラスはしばらく中国で暮らすことにした.

カラスは,中国では再び太陽の使いとして崇められることになった. カラスは大切な仕事を請け負った. それは,なかなか昇らない太陽を背負って,天空近くまで運ぶことだった. しかも,そのころの中国には,太陽が三つもあったのだ. これはなかなかの重労働で,そのためにカラスの身体は大きくなり,足も3本となった.

カラスはその3本の足の各々に一つずつの太陽をつかんで,毎日空に運び上げていた. ところが,太陽が三つも同時に空で輝いたのでは,世界は眩しすぎ,暑すぎて,人も動物も,そして植物も,とても暮らしてはいけない. 川は干上がり,山野の木草は燃え出してしまった.

そこで,三つの太陽を順番に空に浮かべることにした. すると今度は,地上は夜も昼もなくなって,人や多くの獣や鳥たちは眠ることが出来ず,一方,梟(フクロウ)のような夜行性の者たちは,目を覚ますことができなくなってしまった.

皇帝も人々も,動物たちも,みな困り果てしまった. とりわけ梟ときたら,この時のことを根に持って,いまだにカラスを目の敵にしているのである.

そこでカラスは三つの太陽に問うた; 「毎日三回も重い太陽を空まで運ぶのはとても大変だ.どうしたものか」. すると,一つめの太陽は,それをカラスの職務怠慢だと言って怒って喚き散らしたので,カラスはこの太陽を消してしまった. 二つ目の太陽は,「それなら俺は明日からずっと天の上に居続けよう」と答えた. カラスはこの太陽も消してしまった. 三つめの太陽は,明日からは自分の力で空に昇ることを約束した. カラスは,この三つ目の太陽だけはそのままにすることにした.

これでやっと中国にも夜と昼の区別ができ,昼は程よい明るさと暖かさになり,そしてなにより,太陽は自分で空に昇るようになったのである.


5 ヤマトの国を統一したカラス

しばらく中国で暮らしていたカラスは,もっと東の島国,ヤマト(日本)が気になった.

そこでは,太陽の女神であった天照大神(アマテラスオオミカミ)の子孫である神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)と兄の五瀬命(イツセノミコト)は九州の日向(ヒムカ)という地に住んでいたが,もっと東,ヤマトの中心あたり(現在の大和)に攻め上り,この島国を統一しようと考えていた. 太陽に連なる一族はおしなべて,東を目指すものなのである. 神倭伊波礼毘古命は後に神武天皇と呼ばれ,この東への進軍は「神武東征」と呼び慣わされている.

ところでこの2柱の兄弟神の母である玉依毘売命(タマヨリビメノミコト)も,兄弟神の母の姉にして祖母でもある豊玉毘売命(トヨタマビメノミコト)も,共に,ワニ(鰐鮫)であったから,さすがに水軍は強く,九州から瀬戸内海を通って大阪の浪速のあたりまでは順調に進軍した.

ところが,彼らは陸上では少々ノロマで,戦もまったく上手ではなかった. ついに五瀬命は,今の大阪のあたりで戦死してしまった.

てこずる神倭伊波礼毘古命にしびれを切らしたカラスは,中国から日本に渡り,神倭伊波礼毘古命に知恵を授け,道案内までして,なんとか大和を制圧することができた.

これによって大和朝廷が生まれたのである. だからカラスこそが,ヤマト(日本)という国の真の統一者と言ってもよかろう.

ところが,カラスの力を借りてやっと勝ったということが,大和朝廷の重臣たちにとっては大変な屈辱だったようだ. そこで,彼らは,烏や鴉の替わりに別の鳥「鴨」を冠した「鴨建角身命(カモタケツノミノミコト)」という名前をカラス与え,お茶を濁すことにした. 昔も今も変わらない官僚の浅知恵である. 鴨建角身命は,以来,現在も京都の下賀茂神社の祭神として,祀られている.

ところで,この時のカラスは,八咫烏(ヤタガラス)とも呼ばれている. 八咫とは,大きいと言う意味である.なにしろ八咫烏には足も3本あったのだから. どうも,初期の大和朝廷は,「八咫」が好きだったようだ.

三種の神器の一つは八咫の鏡だし,草薙の剣は出雲の国でスサノオノミコトが退治した大蛇ヤマタノオロチから出てきたものだが,この「ヤマタ」も,「八咫」の訛った言葉かも知れない. 最後の一つ,ヤサカニノマガタマのヤサカニも関係ありそうだ.


6 カラスと犬

さて,こうして日本に住み着いたカラスは,賀茂神社の祭神として,また熊野神社では神と人との橋渡しとして,今も人間達に崇拝されている. そして田舎の多くの神社でも,カラスは農耕を司る神々と人々との橋渡しとして活躍している. 例えば,烏勧請は,農村の重要な行事であり,これによって豊作・凶作が決まってしまう.

しかし,カラスの現在の仕事には3本の足はいらない. 身体もそんなに大きい必要はない.

ところでカラスが日本に住み着いたころの犬には,足が3本しかなかった. 3本足では歩き難くくってしかたがない. 他の地上の獣のように自分も4本の足が欲しいと常々嘆いていた.

その望みを知ったカラスは,自らの足を1本,犬に与えることにした. やっと四足獣の仲間入りができた犬は深く感謝し,今でもカラスにもらった4本目の足を小便で汚さぬように,必ずその足を上げて用を足すのである.

カラスが,昔と同じ,2本足の鳥に戻ったのは,だから,日本に住み着いてしばらくしてからのことなのである. 神社によって,例えば熊野神社のように,3本足の古いカラスの絵が残っていたり,大國魂神社のように2本足のカラスの絵にバージョンアップされていたりするのは,このような事情による.




以下,現在捏造中(完結間近! 乞うご期待 ^^;).