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第6回古楽器レクチャーコンサート(浜松市教育委員会主催, 1994.3.12)配布資料 より


アンデスの音楽と楽器

坪井邦明





1.アンデスの音楽と歴史

●フォルクローレ

フォルクローレ(folklore)とは,元来は「民間伝承」の意味である.それが転じて,音楽の分野では広くは中南米の,狭くは特にアンデス(ペルー,ボリビア,エクアドル,チリ,パラグアイ,アルゼンチン北部−つまりインカ帝国の領土だった地域)の民俗音楽を指す.

フォルクローレの音楽要素には,次の三つがある.
(1) 先住民インディオの伝統音楽
(2) スペインやポルトガルなどの西洋音楽
(3) 奴隷として連れてこられたアフリカの黒人の音楽
これらのうちどの要素が強いかは,国や地方により,どの民族が優勢かによる.アンデスでは,インディオの要素が強い.

アンデスの音楽と楽器を述べるには,そこに住む人々の歴史から始めねばならない.


●アンデスの古代文明

地球を隔て,アジアのちょうど反対側に南米大陸はある.その背骨のようなアンデス山脈の,標高3000mを超す高地には,古代から文明が栄えていた.紀元前8000年頃には栽培植物や家畜をもっていたらしい.いくつかの国や文明が栄え,また滅び,そして13世紀末頃には,現在のペルーやボリビアを中心に広大な領土と高い文明*1をもつインカ帝国が興った.アメリカ大陸には他にも,中米のマヤ文明,アステカ文明があり,各々独特で高度な文明を築いていた.

これらの文明を築いたのは,およそ3万年前の氷河期に,氷結して陸続きだったベーリング海峡を越え,アジアからアメリカ大陸に移住していった人間たちの末裔,つまり我々と同じ蒙古系の民族である*2


●古代アンデスの音楽

現代のフォルクローレは,古代アンデスの音楽そのものではないが,その伝統を受け継ぐ音楽でもある.我々がフォルクローレを聴いて,何か親しみや懐かしさを覚えるのも,長い時を隔てているとは言え,同じ血が流れているせいもあろうか.

古代アンデスの音楽がどのようなものだったかは,明らかではない.しかし,かなり盛んだったことは,出土品などからも窺える.楽器には笛や太鼓類があり,歌が中心的な役割を担っていたようである.そして,弦楽器はなかった.また,音階は,五音音階だったと想像されている.


●征服者,植民地,混血

栄華を極めた古代アメリカの文明は,西洋(スペインやポルトガル)からの征服者により,16世紀にはことごとく滅亡してしまった.これは,キリスト教布教の大義名分のもと,インドの香辛料や黄金を求めて西航したコロンブスの「新大陸発見」(1492年)に始まる(彼がそこをインドと勘違いしたため,アメリカ先住民は以後インディオ−インド人と呼ばれる).その後,新大陸には多くの征服者たちがおしよせ,アステカを1521年に,インカを1533年に,各々征服した.

スペインの植民地となったアンデスの人々は,鉱山などで奴隷として酷使された.疫病もかさなり,征服後たった40年でインディオ人口はインカ時代の12%に激減し,17世紀半ばまで減り続けた.これを補うため,アフリカからも奴隷が連れて来られた.

一方,純血主義の強い北米(イギリスやフランスの植民地)とは違い,中南米ではインディオ,白人,黒人の間に混血が進んだ−アンデスでは特に,白人とインディオとの混血「メスティーソ」が多い*3.混血は当然,文化の混交ももたらした.


●西洋音楽と楽器の伝播

大航海時代を迎えた16世紀ころの西洋は,ルネサンス音楽の全盛期である.アメリカ大陸にも,征服者とともにその音楽が伝わったはずである.とくに,大義名分としてキリスト教の布教があったから,教会音楽はインディオたちに強制したであろう.しかしこれは失敗に終わったようだ*4

ただし,その当時盛んだった楽器−リュート属やそれにとって代わったギター属の弦楽器−は,征服者とともに世界中に広まった.当時のギターは現代のものより小型で,弦は4〜5コース,複弦のものも多かったようだ.植民地となった多くの土地で,これが模倣・改造され,多種多様なギター類がその大衆音楽に取り入れられている−ハワイの「ウクレレ」,インドネシアの「クロンチョン」など.元来は弦楽器のなかった中南米でも,現在のほとんどの大衆音楽にギター属は欠かせない.


●植民地の独立とインディオ文明の再認識

植民地となってある程度の時間が経つと,植民地生まれの白人「クリオージョ」たちは本国への帰属心が消え,本国の支配に反発し,ついには本国からの独立を求める運動を起こした.19世紀に入ると,1809年にボリビアが独立宣言をしたのに続いて,アルゼンチン,コロンビア,ベネスエラ,チリ,ペルーと,次々に独立した.

独立はしても,国の経営は難航した.メスティーソは無論,クリオージョと言えど,かつての本国スペインには民族としてのアイデンティティを求められなくなったことも,問題の一つだった.そこで古代のインディオ文明が「発掘」され,それを自らの拠り所としはじめた.

音楽においても同様で,ペルーの作曲家ロブレスは,1913年に作曲したオペラの中にアンデスの伝承的な音楽を素材とする曲を使った−それが民謡として広く親しまれるようになったのが,有名な「コンドルは飛んでいく」である*5


●現代のフォルクローレ

いずれにせよ,現在フォルクローレと呼ぶアンデスの音楽は,このような歴史の上に生まれた.

西洋から移入した弦楽器の奏でる和音伴奏に乗せて,インディオ古来の笛が旋律(必ずしも古風ではない)を奏で,素朴なリズム楽器が趣を添える−これが現代のフォルクローレの一般的スタイルである.

音楽の成り立ちから見て,フォルクローレには日本の「演歌」と似た側面がある.ただ,演歌は,明治の文明開化政策のもと,西洋の「進んだ」音楽を導入し,日本古来の音楽の伝統を切り捨てようとして,その切り捨てられなかった部分であるように思えるのに対し,フォルクローレにおける西洋音楽とインディオ音楽の関係は,自然に足りない部分を補いあっているように感じるのは,筆者の思い入れのせいだろうか.


2.アンデスの楽器

●太鼓の類

インディオ古来の音楽では,笛が旋律を奏で,太鼓がこれを伴奏したものと思われる.太鼓の大きさは一定せず,多くは両面太鼓である.

現在のフォルクローレでも太鼓は重要な楽器である.最も普通に用いられる「ボンボ」は,アルパカやリャマのなめしてない皮を張った大太鼓である*6

「ティンヤ」,「ワンカル」などと呼ばれるインディオ古来の小太鼓もある.


●その他のリズム楽器

体鳴楽器(ガラガラの類)の多くは世界中に類似のものがあるので,現在フォルクローレで用いるものも,必ずしもインディオ古来のものとは断言できない.

「チャフチャス」は,アルパカやリャマの爪を束にして,振る,あるいは打ちつけてリズムを刻むもので,頻繁に使われる.

「マラカス」や「ギロ」の類は,アフリカ系の要素の強い地方で多く使われるから,アフリカから移入されたものかも知れない.


●笛の類

アンデスには極めて多様な笛(エア・リード楽器)がある.ただし,リード付きの(クラリネットやオーボエのような)笛やラッパの類は西洋から移入されたものらしく,多くは使われない.


○パンパイプ

アンデスで特徴的な笛の一つ「サンポーニャ」は,パンパイプ*7の一種で,アイマラ語(主にボリビア)でシーク,ケチュア語(主にペルー)でアンタラとも呼ばれる.音階(通常全音階2オクターブ弱の13音)に対応する管を一つおきに二列に排列し,通常これを二人で分担し,一つの旋律を二人で奏する.大きさは,数センチから1メートル以上のものまで多種類があり,それらを揃えて合奏する.


白符のみの組と黒符のみの組とを併せて,一つの楽器となる.

パンパイプには他に,エクアドルやペルー北部の「ロンダドール」がある.20本程度の管を一列に並べ,一人で奏するもので,管の排列は音階に一致せず,音階音の間に修飾音用の管が1〜3本程はさまるため,独特の演奏となる.

現在のパンパイプはみな葦製だが,考古学出土品には石製のものもある.


○尺八型の笛

旋律楽器として最も高度な演奏を担当するのは,小型の尺八のような笛「ケーナ」であり,ボリビアやペルーを始め,アンデスの広い範囲で用いられている.通常は葦製で,木彫りもあり,歴史的には人骨,獣骨,鳥骨(コンドル)などで作ったものもある.現在のものは長さ35cm〜40cmで,それより長いものはケナーチョなどとも呼ばれる.

ところで,ケーナは明らかにインディオ古来の楽器だが,正倉院御物の古代尺八を始め,よく似た笛がアジア(特に,東・東南アジア)に分布する.しかし西洋やアフリカには,似たものはない.


○リコーダ型の笛

リコーダ型の発音機構をもつ笛には,多くの種類がある.土器製の出土品もあるから,古来からあったのは明らかだが,現在のものは西洋から移入したものかも知れない.

「ピンキージョ」は,リコーダ型の笛の総称でもあるが,特に,葦製の,40cm程度のものを指す.これは,ペルーやエクアドルの海岸地方で多く用いられるようである.

「ワカ・ピンキージョ」には指穴は三つしかないが,倍音を使って全音階が出せる.したがって,一人で同時に笛と太鼓を演奏できる.南フランスやスペイン(バスク地方)の「three holes pipe(三穴笛)」は,楽器の形態も奏法もこれと酷似しており,関連があるのかも知れない.

二連の笛「ケナケナ」も,東欧などに類似する楽器が現存する.

木彫りの笛「タルカ」には,西洋のリコーダの族と同様,基音が四度・五度異なる種類がある.これらを同じ指遣いで演奏するので完全音程の並行となり,しかも音律が西洋のそれとかなり異なるので,慣れない耳にはすさまじい音に聞こえる.なおタルカはアイマラ語,ケチュア語では「アナタ」と言う.


●弦楽器

○チャランゴ

フォルクローレに無くてはならない重要な弦楽器「チャランゴ」は,複弦・5コースの小型のギター属で,ボリビアをはじめ,アンデス全域で広く使われている.和音による細かいリズムを刻み,時にはソロ楽器としても用いる.共鳴胴にアルマジロの甲羅を用いることが多かったが,ワシントン条約の制約もあり,現在は木彫りのものが主になっている.


○ギター

現代のいわゆるスパニッシュ・ギター(クラシック・ギター)も欠かせない.アンデスでは主に合奏の伴奏に使われる.アルゼンチン・パンパのフォルクローレでは主役である.


○その他のギター類

他にもギターの類は,ベネスエラで「国民楽器」と呼ばれる「クアトロ」(単弦・4コース),コロンビアの「ティプレ」(3複弦・4コース)など,数えあげればきりがないが,いずれも古いギターの子孫である.


○その他の弦楽器

ペルーなどではバイオリン,またコロンビア,エクアドルなどではマンドリンが,旋律楽器として使われる.

パラグアイ,ペルー,ベネスエラなどでは,「アルパ」と呼ぶ民俗的なハープが盛んである.これは,西洋のハープが今のように改良される前に中南米に普及した,ペダル機構などのない素朴なもので,国によって胴の形状などが若干異なる.


[注]

*1 西洋よりはるかに進んだ面を持つアンデスの古代文明だが,(金銀銅はあるのに)鉄,車輪,数以外の通常の言葉を記述する方法(文字),など,奇妙に欠落した部分もあった.狩猟や戦争に使う弓もなかったため,弦楽器もまた,発明されなかった.

*2 ポリネシア系の要素もあると言われている.

*3 白人の血をひいてはいても,その社会的地位はインディオと変わらぬ低いものだった.17世紀後半から18世紀にかけて,彼らはインディオとともに反乱を起こしたが,その指導者はしばしばインカ皇帝の末裔を名乗った.

*4 キリスト教への改宗さえ形だけのもので,インカ時代と同じく,相変わらず太陽神や地母神を崇め続けた.

*5 コンドルを,殉死したインカ皇帝の魂に見立てるこの曲の歌詞は,血塗られたアンデスの歴史を思い起こすのに充分である.アンデスではコンドルは古くから聖なる鳥で,コンドルと牛(スペインの象徴)とを戦わせ,コンドルに勝たせる祭りがある.

*6 西洋の軍楽隊の太鼓に由来するとも言われる.

*7 パンパイプとは,長さの異なる管(1本の管は一つの音高しか出せない)を何本か束ねた笛を指す.

[参考文献]

濱田滋郎:NHK市民大学 フォルクローレ〜南米の魂を聴く〜,日本放送出版協会(1989.10).

濱田滋郎:エル・フォルクローレ,晶文社(1980).

音楽大辞典(「アメリカの音楽」の項),平凡社(1981).

増田義郎:インディオ文明の興亡,世界の歴史7,講談社(1977).

加茂雄三:ラテンアメリカの独立,世界の歴史23,講談社(1978).

中村とうよう:楽器は世界をめぐる,季刊ノイズ第3号,pp.131-148(1989.9).