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腹式呼吸について

管楽器の演奏には腹式呼吸が使われる,と言われます. フルートにしろケーナにしろ,もちろん尺八にしろ,みんな同じです. なお,以下で「尺八」と書いているところは他の管楽器(オカリナでもリコーダでも...)に読み替えていただいて構いません.

さて,腹式呼吸とはどういうものでしょうか. 胸式呼吸に対しての腹式呼吸ですから,胸で息をする替わりに腹で息をする,ということになります. 肺は胸の中にあるのですから,そんな馬鹿なことはできません. ではどうするんでしょう.

息をするのはあくまでも,「肺」です. ただし,肺に息を空気を吸い込んだり吐き出したりするのを,肺の周りの胸の力によるのではなくて,横隔膜の上下で行なうことができます. もちろん横隔膜そのものを直接動かすことはできませんから,実際には腹の力で行ないます. それで腹式呼吸と言うわけです.

腹と言っても少々広いです. 下腹の,臍か臍よりもう少し下のあたりの腹筋の力が大切です. その辺りを「丹田」と呼んでいます. ですから,腹式呼吸は丹田呼吸とも言われます.

ところが,一言に腹式呼吸と言っても,いろいろなやりかたがあるようです. 二つに大別できます.

まず,胸はほっておいて,腹を膨らませて横隔膜を下に引っ張って,その結果として肺に空気を吸い込む方法があります. 膨らんだ腹を縮めることで息を吐き出します. これを,順腹式呼吸と呼ぶようです. 坐禅の時などに行なっているのはこの方法でしょう. いわば,静かな腹式呼吸です. [注]

これに対してもう一つは,まずは深呼吸のように胸を大きく開いて空気を一杯に吸い込み,その空気を吐き出す時に腹の力を使う,という方法です. ですから,吸う時ではなく吐く時に腹が膨らみます. それで逆腹式呼吸と呼ばれるようです. 腹の力を使うと言っても,順腹式呼吸のように腹を縮めることで息を吐き出すのではありません. 吸った空気を下に押し付けて,下腹でそれを支え,押し付ける力が下腹で反発した分だけ空気が漏れて噴出する,という感じでしょうか. 武道などで行なわれる呼吸法はこちらのようです. 坐禅の呼吸も,この,逆腹式呼吸です[注]

では,尺八を吹くのに有効な腹式呼吸はどちらなのでしょうか. それは,後者の,逆腹式呼吸です. 私も長いこと,腹式呼吸という言い回しにとらわれて,胸を膨らませてはいけないような錯覚に陥っていたのでした. 順腹式呼吸と逆腹式呼吸とでは,吸い込める空気の量にだいぶん差があります. もちろん,逆腹式呼吸の方がたくさん吸えます.

ただし,尺八を吹く上で最も大切なことは,空気をどうやって吸い込むかではありません. 吐き出す時の力の使い方です. 空気は腹(丹田)の力で吐き出します. これを胸の力だけで行なうと,不安定で貧弱な音になってしまいます. さらに,息が続かない(息を最後までしっかり安定して吐き出せない)ので,長いフレーズが吹けなくなってしまいます. 腹の力は,吹き終わるまで緩めてはいけません.

そしてこれにもう一つ付け加えれるとすれば,腹より上は脱力することです. 尺八を吹く身体も,息も,そして意識も,すべて下腹(丹田)で支え,それ以外はすべて脱力することが大切です.

2006年2月

[注] 2006年にこの文章を書いたとき,ちょっと自信のないまま,坐禅は順腹式呼吸だと書いてしまいましたが,それは誤解で,逆腹式呼吸でした. 坐禅は実は,武道のような格闘技(たぶん,自分との)なのです.
2009年8月(追記)