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様々な「尺八」

「尺八」と言っても,様々なジャンル・演奏スタイルがあります. 「これからちょっと尺八でもやってみようか」と思い立った方も,自分の目指す「尺八」がどんなものか想定できないと,先生を選ぼうにも,見当すら付けられないでしょう. 入門する前の入り口で迷ってしまうかも知れません.

大雑把に「尺八」の種類などを分類してみます. 先生選びの参考にしてください. ただし,私の思い込みや偏見,誤解もあると思います. その点はご容赦下さい.


演奏形態からの分類

まずは分かりやすいように,演奏形態で分類してみます. 大きく分ければ,次の二つになります.

(a) 尺八独奏(場合によっては尺八だけの合奏)
(b) 他楽器などとの合奏

(a) はさらに,

(a1) 古典本曲
(a2) 琴古流・都山流などの本曲
に分けることができるでしょう.

(a1) は直接的に江戸時代(あるいはもっと前の)虚無僧に由来するもので,通常は尺八の独奏です. 虚無僧はぎょうとして尺八を吹いたのであり,それは読経や坐禅と同じことですから,音楽や芸能としてよりも宗教性・精神性が重視されます. 虚無僧の普化宗は明治初めに廃宗されましたが,それでも地方の虚無僧寺に伝えられたいくつかの曲が現代に伝えられています. 例えば「虚空」とか「鈴慕(霊慕)」などという曲があります. 精神性の上にさらに芸術性を極めつつ伝承されたこれらの音楽は,これこそ尺八の醍醐味だと,私は思っています.

(a2) のうち,琴古流は,江戸時代に虚無僧の曲を黒澤琴古が集めたことから始まります. ですから,元は上述の古典本曲と同じであり,実際,同じ曲が多数伝承されています. しかし,虚無僧の行としての尺八からは離れ,音楽として洗練されてきました. 2本の尺八で合奏される「鹿の遠音」は有名です. また,文楽や歌舞伎の仮名手本忠臣蔵の「山科閑居の段」で使われる「鶴の巣籠り」も琴古流の本曲です.

都山流は虚無僧が廃止された明治以降に興ったものです. 都山流で本曲と言うのは琴古流の本曲とは異なり,都山流の流祖である中尾都山の作曲したもので,「岩清水」などの曲があります.


(b) にも様々なものがあります.

(b1) 三曲合奏
(b2) 洋楽に準じる音楽
(b3) 民謡・詩吟などの伴奏

(b1) は,筝,三味線との合奏であり,明治以降盛んになったものです(明治以前は尺八は虚無僧の法器ですから,それ以外の音楽に用いることは正式には禁止されていました). 現在,いわゆる先生について尺八を習う,という場合の多くが,これのようです. 本曲に対して「外曲」とも言います. 古曲(江戸時代の筝曲などに尺八を加えた音楽,八橋検校の「六段の調べ」など)や新日本音楽(宮城道雄の「春の海」など),そして現代の作曲家による音楽もあります.

(b2) は一括りにしてしまいましたが,尺八以外の楽器(フルートやサックスのような洋楽器,ケーナのような民族楽器,など)で演奏するかも知れない音楽に尺八を用いるものをすべて含めます. 歌謡曲や演歌で洋楽器とともに尺八が使われるのはことさら指摘するまでもないでしょう. ジャズではジョン海山ネプチューンさんが有名でしょうし,新進気鋭の藤原道山さんはポップスやクラシックもよくこなします. また,いわゆるカラオケで吹く尺八は押並べてこれに含めていいでしょう.

(b3) については,私はあまり知りませんので発言を控えますが,少なくとも民謡尺八を耳にされたことはあるでしょう. そういえば,日曜昼のNHKの「のど自慢」,以前はよく民謡も歌われましたが,いつのまにかとんと歌われなくなってしまいましたね.


流派

さて,尺八と言えば「流派は?」ということになるでしょう. 主な流派には(すでに上でも述べてしまいましたが)琴古流と都山流があります. 他にも竹保流とか上田流とか,様々あります.

そもそも「流派」とは何でしょうか. 本来的には,レパートリーおよび音楽スタイルの体系であると考えるべきなのでしょうが,要するに「家元」を中心とする,悪い言い方をすれば一種の利権組織みたいなものです. あちらの流派の曲はこちらの流派の演奏家には演奏させない,という制約があったりするようです. あるいは,出演の機会などを確保する,演奏家同士の互助会みたいなものとも言えるでしょうか. 流派の違いではっきりしているのは,楽譜が違うことです. 他の流派の楽譜は,なかなか読めないようです.

でも,流派の違いは,流派毎にある本曲を吹こうというなら重要であるとしても,そうでなければ,あまり気にすることはないのではないかと思います. 現代曲は勿論,三曲合奏のたいていの曲は琴古流でも都山流でもやれるようですし,どちらの楽譜もあります(都山流の方が充実しているようですが).

もし,洋楽器と同じようなスタンスで尺八を吹きたいのなら,そもそも流派の制約は関係ないでしょう. そういう場合,楽譜は琴古流や都山流などの尺八譜より,五線譜を使った方が何倍かやりやすいと思います.

では,古典本曲の場合はどうでしょうか. 古典本曲では,琴古流とか都山流というような「流派」とはだいぶん様子が異なります. 利権団体のような「流派」はほとんどないと言って良いと思います. 利権団体というよりは,伝承を伝え守るための体系といえるでしょう. 東北(津軽)の根笹派錦風流,京都の明暗寺の明暗対山派,名古屋の西園流などが大きいところです. しかし,もともと「一寺一律」と言って,各々の虚無僧寺毎に曲を持っていたのですから,各々の寺が「流派」に相当するとも言え,東北の「松巌軒」や「布袋軒」,浜松の「普大寺」,博多の「一朝軒」などの曲があります. なお,古典本曲では元々楽譜は使わなかったので,現在も楽譜はあまり体系的にはできていませんが,多くは琴古流に準じて記譜されます. しかし最終的には暗譜すべきなので,記譜法のことは気にする必要はありません.


顰蹙を買いそうな結論

もし,虚無僧になりたい(^^)のでしたら,私に相談していただいて構いません. とりあえず入門程度(大人なら初心者から数年分くらい)は私も教えられますが,もっと本格的に習いたい(例えばプロを目指す,とか)のでしたら,確実な先生をご紹介できると思います.

もちろん,琴古流や都山流の本曲を習いたいのでしたら,それぞれの流派のそれなりの先生を探してください.

もし,「三曲を習って,筝や三味線のお姉さんたちと一緒に舞台に上りたい」というのが目的であるならば,そこそこ流行っていそうな都山流か琴古流の先生を訪ねて下さい.

「何んでもいいから尺八を吹いてみたい」とか,「歌謡曲とかフォークとかGSとかのカラオケで尺八を吹けたらいいな」とか,「フルートやケーナでもいいけど尺八を吹きたい」とか,「奇妙な尺八楽譜じゃなくて五線譜で尺八を吹きたい」とか,「ギターやピアノ伴奏で尺八を吹きたい」とか,「音響的・音楽的に理解して尺八を吹きたい」とか,そういうことでしたら,私にご相談下さい. たぶん,普通の琴古流とか都山流とかの先生につくより効率よくお教えできると思います. 挙句の果てに[お経の代わりに尺八を吹きたい」という方,さらに大歓迎です.

2007年08月