コナ3歳半(2017.10)

 コナの日々

我が家の(ほぼ)家族になってしまった地域猫「コナ」の記録です。 2016年冬から2017年正月にかけて連載したものをまとめました。 元の文章に加えて、写真を集めてみましたが、個々の文章と写真には対応関係はありません。 また、写真は時間順ではありません。



ここ、あたしんち(2015.7、1歳2ヶ月)

2016.10.26

コナの日々(1)

十月(2016年)も下旬,だいぶ冷えるようになってきた. 寒いのが苦手な猫は,野外で暮らすのも辛かろうと思うのだけれど,コナはほとんど外で過ごしている.

コナというのは,我が家に来ている地域猫に付けた名前だ. 彼女の母親をナンと呼んでいたので,ナンの子でコナン,それではなんだか探偵みたいだし小さな雌猫(いまでは立派な大人になったが)には相応しくないから,いつの間にかコナと呼ぶようになった. コナは生れて二年半,いつのまにかほとんど飼い猫のようになってしまったけれど,本当はノラ猫なのだ.

夜が寒くなったこのところ,僕が寝ようとするころになると,コナは家に入ってきてそのまま泊まっていくことが多くなった. 早寝早起きを心がけようとは思うものの,ついつい夜更かしをしてしまうから,布団に入るのは12時近くになってしまう. 11時ころになると,コナは2階の僕の寝間で丸くなる. 延べた床に腰を下ろすと,コナはさっそく膝に乗ってくる. これでは僕が寝られないので,部屋の片隅にコナ用に毛布を用意した.

問題は朝である. 夜明け,4時半ころにはコナは起きだす. 自分が起きるだけならそれで構わないのだが,僕にも起きろと言う. 枕元に来て鼻を鳴らし,小さくニャニャッと言い,それでも僕が起きないと,布団の端を前足でトントンつつく. 今朝はさらに新しい技を思いついたらしい. 寝ている僕の額に前足をペタッと載せるのだ. これには堪らずすぐ起きた.

コナの目的は,僕を階下に連れて行くことだ. 1階に置いた猫トイレに行くにせよ,やや(ものすごく)早い朝食をするにしろ(まず間違いなく昨夜の残りがあるはずなのだから),自分一人で行けばいいものを,何が何でも僕を連れて行きたいらしい. ちょっとの食事と用足し(しないこともあるが)が済めば,僕にはもう用がないらしく,雨でも降っていない限り,そのままさっさと寒そうな外に出て行ってしまう. 僕の方は,それからもう一眠り. 二時間ほどして次に僕の目を覚ますのは,ベランダの窓の外から聞こえるニャニャッ!の声.



暑い日(2015.7、1歳2ヶ月)

2016.10.28

コナの日々(2)

このごろは毎晩のように泊まっているけれど,夏の暑い間はほとんど泊まることはなかった.暑い昼間はどこか物陰で涼んでいるのだろうか,夕方,暑さがおさまるころまでは姿を見せない.

家に入ってくると,まずは夕食,一服したら風呂をつかって(シャワーを浴びて),のんびりと僕のお酒にも付き合った後,僕が寝るころにはさっさと外に出て(帰って)行ってしまうのだった.そう,その前に,忘れずに夜食を食べる.翌朝にはまた朝食を食べに来る.よく食べる猫だ.

猫を風呂に入れるようになった経緯(いきさつ)はこうだ.七月になるころ,ノミが大量に湧いて,大騒ぎになった.僕も家内も,足がボロボロになってしまった.コナ本人もずいぶんと辛かったことだろう.燻蒸・燻煙剤はまるで効果が無い.ノミ取り櫛では切りが無い.それで猫ごと丸洗いすることにしたのだ.効果覿面(てきめん),おかげでノミはすっかりいなくなった.

はじめは石鹸や僕の使うシャンプーで洗っていたが,猫の肌はとても弱いと聞いて,慌てて猫用のシャンプー(ノミ取りシャンプー)を買ってきた.

猫は水を嫌うというのに,よくも聞き分けよく洗わせてくれるものだ.しかも小さい幼猫ではなくて,2歳を過ぎたノラ猫だというのに.この猫は人の意図がよく理解できる,とても賢い猫らしい.

もちろん,一回でシャワーできたわけではない.一日目は風呂場でノミ取り櫛をして濡れたタオルで体を拭いたただけだ.二日目,腰から尻尾のあたりだけにちょっとシャワーをかけた.三日目,肩のあたりまでかけて石鹸も少しつけた.四日目ころから体全体を洗えるようになった.しばらくして馴れてきたら,浴槽に前足をかけて洗いやすい姿勢になってくれるようになった.ノドをゴロゴロならしながら.

暑い夏が終わるとともに,猫の入浴はお休みとした.おとなしく体を洗わせてくれるコナだけれど,ついにドライヤーは駄目だった.ドライヤーさえ大丈夫なら,冬でも一緒にお風呂がつかえるのだけれど.来年夏,ノミが湧く頃にはまた始めよう.きっとコナはそれまでお風呂のことを覚えていてくれるだろう.



夕暮を待つ(2015.7、1歳2ヶ月)

2016.11.03

コナの日々(3)

十一月になった途端,十二月半ばの寒さだという.堪ったものではない.それでもコナは元気で外で過ごしている.考えてみれば,昨年(一歳)の冬も一昨年(生まれた年)の冬も,雪の降る夜を外で過ごしてきたのだから,この位の寒さはまだ何のこともないのだろう.

僕の夜更かしに倣ったわけでもなかろうが,このところ僕が寝る時刻にはやって来ない.一眠りしたころ,つまり夜中の1時過ぎになって,ベランダの窓から僕を呼ぶ.窓を開けてやると,さすがに寒かったのだろう,部屋に飛び込んできて,そのまま僕の布団にもぐり込んでしまう.しかし僕が再び寝込む頃には布団から這い出して,掛布団の上に落ち着いてしまう.僕にしてみれば,寝返りが打ち難くて,かなり寝苦しいのだが.

寝るのが遅くなったからと云うことだろうか,僕を起こす時刻も遅くなって6時ころになったのは結構なことだ.ということは猫が夜に続けて眠る時間は5時間くらい,ということだろうか.



さて,コナを家に泊めるようになった経緯(いきさつ)を書いておく.

それは,コナが2歳を過ぎた今年の春の終わりころのことだ.ある日の深夜,ベランダで寝ていたコナが,キイロイヤツに襲われた.僕はけたたましい悲鳴で飛び起きた.

キイロイヤツというのは今年になってからよく見かけるようになった若い猫で,薄い茶色,というより黄色の「イヤなヤツ」なのでそう呼んでいる.キイロイヤツは,なぜかコナを目の敵にして,執拗に攻撃してくる.うちの近くで待ち伏せして,襲いかかる.凶悪なストーカーみたいだ.近所に猫はたくさんいるが,コナを襲う猫はこいつ1匹だし,こいつが襲うのもコナ1匹のようだ.どうもコナだけに特別な憎悪を抱いているとしか思えない.猫にそんな感情があるものだろうか.

その夜,コナとキイロイヤツは屋根の上で取っ組み合いをした.コナにとってとんでもない災難だったのは,たまたま屋根に載せてあったゴーヤ用のネットにコナが絡まって動きが取れなくなってしまったことだ.そこをキイロイヤツは思う存分攻撃する.僕は助けに行きたくても,ベランダから屋根には簡単には行けない.怒鳴ってもなんの効果もない.人間がそこまで行けないことをキイロイヤツは分かっているようだ.家内が棒を持って来てくれたが,棒が届く距離をちゃんと見切っている.悔しいが,キイロイヤツも賢い.

さんざん痛めつけられた挙句,コナは屋根から庭に墜落し,キイロイヤツに執拗に追いかけられて逃げて行った.それから1週間,コナは姿を見せなかった.

やっと戻ってきた時,後ろ足は跛(びっこ)をひいていて,ほんのちょっとした段差でも飛び乗れない.屋根なんてとんでもない,階段さえも大変な様子だった.この1週間,怪我が癒えるまで,どこかでじっと耐えていたに違いない.その間,おそらく何も食べてはいないのだろう.命からがら,文字通り,這って帰って来たのだ.コナが「来る」,ではなくて「帰ってくる」と思うようになったのはこの時からだ.

さて,そんな状態だから,怯えていて外に出ようとしない.出すのは忍びない.そんなわけで,とにかく家の中でかくまうことにしたのだった.



人間の毛布ってあったかい(2016.3、1歳10ヶ月)

2016.11.07

コナの日々(4)

昨夜もうちに泊まったコナだけれど,昨夜は僕の布団ではなくて,食卓の椅子の上で朝まで眠っていたらしい.僕が寝る前にやってきて,夜食を食べたら,椅子の上で眠りこんでしまった.夜中に僕が用足しに起きた時も,そのまま同じ場所で眠っていて,僕に気づきもしなかった.そして朝の5時頃,僕は猫パンチで起こされた.どうせこうなるだろうと,夜の間に猫の朝食は準備しておいたから,たぶん食べてから来たのだろう.ベランダの窓を開けてやったら,そのまま出て行ってしまった.朝食はやっぱりしっかり食べてあった.

今日は良い天気だったから,午前中は家内と庭いじりをして過ごした.コナも手伝っているつもりなんだろう,ずっと一緒に庭にいた.ただ,猫の手はあんまり役には立たなかったけど.


さて,初めてコナをうちに泊めるようになったころのこと.ノラ猫を,夜の間も家の中に留めおくにあたって,とても心配なことがあった.猫の用足しの問題だ.実はあらかじめ僕は家内には内緒で,猫トイレを買ってあったのだ.しかし,2歳にもなるノラ猫に,突然トイレの躾ができるのだろうか.檻でもあれば別なのだけれど.

ところが,これがまた不思議なことに,コナはすぐにトイレを覚えてくれた.しかも指さして人間の言葉で言い聞かせただけだったのに.とにかく,その日の夜,トイレの中でオシッコをした.やがてウンチもするようになった.どうやら,オシッコは日に2度ほどでよくて,ウンチは1日に1度だけど,2日か3日しなくても大丈夫らしい(便秘が心配になったこともあるけど).

それにしてもコナの聞き分けの良さには驚いてしまう.もしかしたら人の言葉が分かっているのではないだろうか.トイレのことや風呂のことの他にも,いろいろある.「ちょっと用事があるから降りててね」と言えば寝ていた僕の膝からすぐに降りてくれる.壁や家具にはけっして傷を付けることもしない.


さてそんなことで,うちに泊まるようになったコナだが,部屋猫にしたわけではないから,外には出る.そもそもノラ猫なんだから.だから,その後も時々キイロイヤツには襲われることがあった.何日も帰らない日が続くことが何度もあったが,きっとキイロイヤツに追われて,どこかに隠れて息をひそめていたのだろう.

それにしても,どうしてキイロイヤツはこうもコナばかりを目の敵にするのだろうか.なぜそこまで徹底的に憎むのだろうか.どうやらキイロイヤツは人間である僕も憎んでいるように見えるし,少なくとも僕を恐れてはいない.キイロイヤツにとって,自分と同じノラ猫なのにコナばかり僕という人間から餌をもらって可愛がられていることが許せなかったのかも知れない.どうしようもなく妬ましかったのかも知れない.しかし,可哀そうだけれど,キイロイヤツはただのノラ猫で,コナは地域猫なんだ.



お母さんになる前のナン(2014.3)

2016.11.18

コナの日々(5)

コナが地域猫になったのは,一昨年の初夏,生れて2ヶ月くらいのことだ.

うちの庭でいつも遊んでいたコナと妹のグレ,その2匹の世話をしに通って来るコナたちのお母さん(ナン)の3匹が,ある日を境にさっぱり姿を見せなくなった.またどこかに引っ越して行ったのかと思っていたが,2週間ほどして,ナンが戻ってきた.見ると左の耳の先端が少し欠けている.どこかの猫にでも食いちぎられたのだろうか.それからじきに,コナとグレも現れた.子供たちの耳もまったく同じように切り取られている.これは猫どうしの喧嘩ではない.誰かに酷い悪戯をされたに違いない.可哀そうに.

この耳カットが地域猫のしるしであることを,しばらくして知った.地域猫というのは,飼い主の無いノラ猫を増やさないために,ノラ猫を不妊去勢手術して,元いた地域に放し,一代限りの生を全うさせる,ということだそうだ.ノラ猫は人間の暮しに迷惑だ;かと言って生まれてきた猫を殺処分するのも験(げん)が悪い;じゃあ,子供を産めなくすれば,いずれみな死に絶えてノラ猫はいなくなるだろう‥‥と,人間の都合の良い論理ではある.

だれがコナたちを地域猫にしたのかは分からない.が,地域猫は餌の世話を誰かがするのが前提だ.だったら,僕もコナたちに餌をあげてもいいだろう.

そんなわけで,僕はうちの庭にいる2匹の地域猫,コナとグレには時々食べ物をあげることにした.といっても,最初からキャットフードを用意したわけではない.煮干しや魚肉ソーセージや,要するに自分が食べるもののうち猫が食べそうなものを少しあげただけだ.乳離れしてからもお母さん(ナン)は仔猫たちに何か食べ物を運んでくるようだったが,自分たちでも爬虫類や昆虫などを捕まえて食べていたようだ.とりわけ夏の間は,弱った蝉が勝手に落ちてくるから,濡れ手に粟みたいに餌が手に入ったようだった.しかし,秋が過ぎて冬になると,さっぱり食べられる小動物がいなくなった.そのころ初めてキャットフードを買ってきた.

ところでコナの兄弟は,コナとグレの他に,あと2匹いた.グレは,いわゆるサバトラ,つまり灰色(グレー)なのでグレとした.けっしてグレていたわけではない.もう1匹,グレとよく似たのをニグレ,黄色(薄いチャトラ)のをキナと呼ぶことにした.キナだけが雄のようだ.

乳離れする頃からナンは子供たちを別々の所に配置したようだ.ニグレはうちの裏手のどこかのお宅,キナも少し離れたどこか,グレはうちの向いのお宅,そしてコナは我が家. コナとグレはとても仲が良くて,いつも2匹は一緒にいた.

キナは,うちにはさっぱり寄りつかず,いつのまにか見かけなくなった.だから,その後の行く末を知らない.しかし,もしかしたら,コナを徹底的にいじめに来るキイロイヤツとは,実は大人になったキナなのかも知れない.年恰好からも色・模様からもそんな気がする.

ニグレは時々うちの庭に現れた.餌を欲しがっているようにも見えたが,ついに何もあげなかった.ニグレも地域猫にはなっていなかったからだが,僕の心は痛んだ.

ニグレとキナは人間に心を許さず,人間には近づかなかった.おそらく,人に懐くような猫は捕まって処分されたり,運が良ければ地域猫にされ,人に懐かない猫はそのままノラ猫になるのだろう.



生まれたころの親子(2014.6)

2016.11.22

コナの日々(6)

そういえば最近,キイロイヤツが来なくなった.おかげでコナは安心して寛いでいる.しかし,キイロイヤツだけでなくて,他の猫たちの姿も減ったようだ.

うちの周りにはたくさんの猫たちがいた.飼い猫かノラ猫か地域猫かはわからないが,僕が名前を付けて個体識別している猫だけでも,会長(足先やお腹が白い以外は真っ黒な,実に貫録のある雄猫.まるで猫の町内会長のようだ),副会長(二番目に貫録のある大雑把な模様の三毛猫.三毛猫だから雌なんだろう),ヨタ(腰を痛めているのかヨタヨタと歩く灰色の猫),等々.でも,みんなとんと見なくなってしまった.長老(灰色の老猫)はかなりの高齢のようだったから,もうこの世にいなくても不思議ではないが,他の猫たちはどうしてしまったのだろう.

ニグレも見なくなって久しい.お向かいのお宅の庭から隣りの町内に先の方に引っ越して元気にしていたグレも,すっかり見なくなった.彼らのお母さん(ナン)も見なくなってしまった.

ナンは,しばらく前,今年の秋の始めころまで,隣りの町内のアパートの前でよく見かけた.買い物の途中で出会うと,僕をよく覚えていて,寄ってきてくれたりした.僕の足にすり寄ってくることもあって,お前の娘のコナも元気にしているよ,などと声をかけながら,撫でてやったりした.まあ,そんな報告しなくても,ナンとコナも直接会っていたんだろうけど.

ナンはコナたちが独り立ちしてからは,滅多にうちの庭を通りかかることはなかった.去年の夏,僕の母が亡くなった.荼毘の日の朝,出かけようとしたら,玄関先にコナがいた.コナはまだ家に入ってくるようなことはなかったころのことだ.ああ,コナが見送りに来てくれたんだな,と思いながら目を移すと,あれ?たった今ここにいたコナがあっちにいる?目を戻すとやっぱりここにコナがいる.そうか,どっちかがコナでもうひとりはナンなのか.ナンとコナは,呆れるほど似ている.身体だけではまるで見分けがつかない.顔をよく見ると,額の上の模様のほんの一部が左右逆になっているだけだ.ナンとコナ,母娘そろって見送りに来てくれたのかと思ったら,涙が出てしまった.

僕の母は96年と半年も生きたから,もう諦めはつく.だけど,まだ寿命(猫としての寿命だけど)をまるで全うしていないナンやナンの子供たちは,もしもう命を落としたのだとしたら,哀れなことだ.それでも地域猫になったおかげでほんの少しは生きる時間を伸ばせたのかも知れない.せめてコナはもうしばらく平穏に生きさせてあげたいと思うのだ.

明日は,お寺で尺八を吹くことになっている.僕は母の追善供養の気持ちをこめて献笛するつもりでいる.ついでに,猫たちの安寧も祈ることにしよう.



妹のグレ(2014.10、5ヶ月)

2016.11.25

コナの日々(7)

まだ11月中旬だというのに,雪が降って,積もった.一冬に一度も雪を見ないこともあるような土地なのに.今朝は一転,良く晴れて,屋根の雪も融けはじめ,まるで早春のような晴れやかさだ.コナたちのお母さん,ナンを見かけるようになったころと,ちょうど同じような空気だ.

ナンがいつどこで生まれた,どういう素性の猫であるのか,知らない.僕がはじめてこの猫の存在に気付いたのは一昨年(2014年)のまだ寒い春先のことだ.

我が家の狭い西向きの庭は昼過ぎまではまるで陽が当たらないから随分と寒いが,それでも午後になればよく陽が当たって暖かくなる.ある穏やかな日の午後,ふと庭に目をやると,片隅の落ち葉のプールの陽だまりに猫が丸まっていた.まるでパレットの上の絵の具をデタラメに混ぜてしまったような,茶色っぽい色がゴチャゴチャした,いわゆるトラネコだ.まだ子供だから,去年(2013年)の春にでも生まれたのだろう.僕を見ても,そんなに慌てて逃げようとはしない.人によく馴れているようだから,どこかの飼い猫だろうか.

そんなことがあってから,この年の春先にはずいぶんと雪が降った.午後しか陽の当たらない庭の雪はなかなか融けず,雪が積もっている間,ナンは現れない.来てもいるところがないから.やがて雪が融けて,落ち葉のプールが復活すると,また猫はやってきた.だから,やはりこの猫はノラ猫ではなくて,どこかの飼い猫なのだろう.そうでなくては,この雪の中でどうしてこんな子供が生き延びられるだろう.

もっとも,雪の中でも盛んに活動する猫もいる.ノラ猫は雪が積もっていたって,自分で餌を探すしかないのだから,寝ているわけにはいかなかろう.会長は厚く雪の積もった道をノッシノッシと,町内の見回りをしている.たぶん,うちの人間の町内会長は,炬燵にもぐって丸くなっていることだろう.

僕はこのころ,庭に面した部屋でしばしば尺八の練習をしていた.僕が尺八を吹き始めると,落ち葉のプールにいた猫がひょいと顔を上げる.僕はそれでそこに猫がいることに気付いたのだ.尺八の音がしても,猫は顔は上げるだけで,逃げ出しはしなかった.僕は,大きな音のする曲はやめて,穏やかな曲を穏やかに吹いた.すると猫はそのうち頭を垂れて寝入ってしまった.まるで僕の尺八を子守唄のように聞いているみたいだ.なんてかわいいやつなんだ!

午後の日差しが暖かいころになると,僕は庭のベンチで,ビールをよく飲んだ.ビールには何かちょっとしたツマミが欲しい.初めはポテトチップスだの柿ピーだのを片手に飲んでいたのだが,だんだん魚肉ソーセージや小魚の煮干しを選ぶことが多くなった.そう,ついでに猫にも上げるためだ.

あとで知ったことだが,煮干しや鰹節は猫の尿路結石の原因になるのだそうだ.最近までコナにもあげていたが,やめることにした.ただ,コナは煮干しや鰹節もありかを知っているので,じっとそこを見つめて,ニャニャッ!と言う.仕方がないので,煮干しや鰹節でわざわざ味噌汁の出汁をとってから,塩分と一緒に旨味まで抜けてしまった煮干しや鰹節をあげている.それでも喜んでくれるから,まあ,いいか.



尺八の練習、聞いてみた(2015.7、1歳2ヶ月)

2016.12.16

コナの日々(8)

いつの間にか12月も半ばを過ぎてしまい,今年もあと十数日.今日は今季一番の冷え込みだとか.とても寒い.でも今日は,嬉しいことがあった.

出かけようとして,庭のコナに見送られて外の道に出た.道の向こう側に猫がいる.あれ?コナ? コナそっくりだけど,なんだか違う.慌てて庭に戻ったらコナはそこにいる.じゃあ? ナン? 声を掛けたら,近寄ってきた.ナンだ.額の模様がナンだ.確かにナンだ.僕をちゃんと覚えていてくれたのか,身体も頭も撫でさせてくれた.よかった.

もう3ヶ月くらいにもなろうか,家の周りにいた猫たちをさっぱり見なくなってしまっていた.心配していたのだけど,数日前から何匹か猫を見かけるようになった.名前を付けてはいなかったけれど顔見知りだった猫たちにもあった.副会長(大雑把な三毛猫)にもあった.そしてナンも無事で元気だった.よかったよかった.


ナンと出会ったころのことに話を戻す.ナンに付けた「ナン」という名前のこと.ナンは最初から「ナン」だったわけではない.僕は,猫を見ればとりあえず「ニャン」と呼ぶ.道端で出会った猫にもそうなのだから,我が家の庭に現れた猫にももちろん「ニャン」と呼びかける.だからナンも最初は「ニャン」だったのだ.

しかし,ナンをしばしば見かけるようになると,他の猫と区別して呼びたくなる.ニャンでは猫一般だ.それで,次第にニャンが訛って「ナン」と呼ぶようになったのだ.「ナン」ではインドのパンみたいだが,それでもいい.「南無」と漢字で書けばいい.

ナンは,うちだけではなくて,お隣や近所の玄関の戸口にしばしば佇んでいた.だれかが出て来て何かをくれるのを静かにまっている,という風情だ.けっして「くれ!」と要求するわけではないし,そのへんにあるものを狙っているということでもない.しばらく待って,何ももらえなかったら次の家の戸口に行く‥‥まるで托鉢僧のようだ.だから,ナンは「南無」だ.雌猫に相応しくないかも知れないが,この時はまだナンが雌なのか雄なのか知らなかった.

しかし,托鉢をしている,ということは,飼い猫ではないのではないか? この時,そう思った.そしてそれは正しかった.ノラ猫だったのだ.そしてやがて地域猫に.




庭で宴会(2017.5、3歳)

2016.12.27

コナの日々(9)

春のうららかな午後の庭のビールの美味いこと.それをさらに,猫の影が三十倍くらいも美味くしてくれる.ついに,庭に七輪を持ち出して,キノコや野菜や,ついでに少しの肉などを焼きながら,ビールを飲むようになった.ただし,ご近所の手前,煙とにおいの出る魚はなるべく控えることにした.

この様子を,ナンは少し離れて見ている.焼けた肉は,少しだけ,もちろん少し冷ましてから,ナンにも(ナンにも肉にも失礼だとは思うけど,投げて)あげた.野菜やキノコは僕だけのもの.もちろんビールも僕だけのもの.

ところで,猫が野菜やキノコを食べない,とは必ずしも言えないのかも知れない.猫は時々庭の草を食べるが,それは薬とか嗜好品の類かも知れない.しかしそういうことではなくて,鰹節を乗せた「猫ご飯」ならいざしらず,ただのご飯を,がつがつと貪り喰う猫を見たことがある.

ナンに出会う少し前の2月だった.2月最初の午の日は,初午といって,地の神様に赤飯をあげてお祀りすることになっている.僕の生家(静岡)の地の神様だから,現在住んでいるところ(横浜)ではないけれど,生家の方角(西)に向かって,我が家の庭に赤飯を供える.供えた赤飯は,たぶんいつも鳥が食べくれているのだろうと思っていた.ところがこの年,赤飯を食べたのは猫だった.よほど腹が減っていたのだろう,夢中で貪り喰っていた.一年で一番寒い季節,きっとノラ猫にとっては一番厳しい季節なのだろう.僕のまだ42歳だった父親も,2月初めの,とても寒い日の朝に死んでしまった.猫を本当にアンカ替りにするしかないような状況で,衰弱していた身体が寒さに耐えられなかったのだろう.

余談.うちの地の神様というのは,実は伏見稲荷で,うちがずいぶんと栄えていた明治時代にはるばる伏見から勧請したとのことだ.昭和になってから,社の場所を移したのだそうだ.ところがこの時の神主さんが,豊川稲荷と勘違いしたらしい.豊川は近くで伏見はとても遠い.だからまあ,勘違いも無理からぬことではある.以来,うちの地の神様は伏見稲荷と豊川稲荷の混合になってしまったようだ.


さて,そんなことで,毎日々々ビールを飲んでいた.ビールを飲んでいればナンが現れる.ナンが来るのを楽しみに,またビールを飲む.

そうこうするうちに,ナンに異変がおこった.うちの庭に会長(腹が白い黒の雄猫.このあたりのボス)が現れ,ナンを追い掛け回すようになった.ナンはまだまだ子猫だ.いくらなんでもこんな子猫が‥‥と思っていたのだが,5月の連休のころ,腹が大きくなっていることに気が付いた.さて困った.そう思っているうちに,さっぱりナンは姿を見せなくなってしまった.やっぱりどこかの飼い猫で,自分のうちで出産したのかな,そうだったらいいな,と思っていた.

5月下旬,近所でミーミーと仔猫の声がしはじめた.どこの猫の子供だろう.しばらくは分からなかった.ある日,うちとお隣の間に,仔猫が4匹いる.母猫は‥‥ナンだ.ナンが仔猫4匹を連れてうちの庭に越してきた.

ナンたちは,しばしば引っ越しをしているらしい.仔猫たちの声は,毎日のように聞こえてくる場所が変わっていた.近所の家々の庭や軒先や物陰を転々としている.猫にウェルカムな家もあれば,そうでない家もある.軒先にいつも猫の餌を用意している家もあるが,嫌がる家は多い.うちのすぐご近所の軒先にナンたちがいた時のこと.その家の御主人が,ホースで仔猫たちたちに向けて放水しているのを見た.無闇に餌を与えるのも問題だけれど,こんな虐待は僕には堪えられない.

ノラ猫は難しい問題だ.ノラ猫だって,ノラ猫になりたくてなったわけではない.ノラ猫として生まれたくて生まれたわけではない.ノラ猫は人間に迷惑をかけたいわけではない.ただ,一生懸命に生きているのだ.たぶん,どのノラ猫も何代か前は飼い猫だったろう.飼い猫として生まれたのもいるだろう.猫を飼っていたのは人間.飼い猫を棄てたのは人間.ノラ猫を迷惑に思うのも人間だ.



初めて見る梅(2015.3、10ヶ月)

2017.01.01

コナの日々(10)

年が明けて,2017年になった.昨日の大晦日も今日の元日も,ずいぶんと暖かくて,3月並みの気温だそうだ.ところが,12月のとんでもなく寒い夜に外で過ごしていたコナなのに,このところ毎晩のように僕の布団で夜を過ごしている.大晦日の夕方6時頃には早々と僕の布団にもぐり込み,今朝は朝6時過ぎに僕を猫パンチで起こした.昨日は早朝から用事で出かけたし,大晦日だから寝るのも随分と遅かったから,もっとゆっくり寝ていたかったのだけど.

コナのお母さんのナンも,12月半ばころに元気な姿を見かけたから,無事に年を越したことだろう.


ナンの初めてで最後の出産は,グレとニグレとキナとコナの4匹だった.色は違うもののみんなトラネコで,黒と白にきっぱり塗り分けられた会長とは似ても似つかないから,コナたちの父親は,おそらく会長ではないだろう.しかし,うちの周りではナン以外にトラネコは見たことが無いから,コナたちの父親がだれなのかは謎だ.

さて,子供たちが少し大きくなると,ナンは子供たちを別々の場所に住まわせることにしたようだ.コナはうちの庭,グレは向かいの右隣りのお宅の玄関脇の植え込み,ニグレは我が家の裏手のどこか,キナは向かいの大きなお宅の庭,が,主な住みかになったようだ.そしてナンは子供たちのところを巡回して世話をするのだった.自分だってまだ子供にしか見えないほどのナンの子育ての奮闘ぶりは感動的だ.ナンに細く切った魚肉ソーセージを上げたら,自分ではほんの一口食べただけで,あとは急いで子供の所に咥えて行った.しばらくしたら戻ってきたので,また上げた.今度は一口も食べないで運んで行った.

コナとグレは,いつも一緒にいた.ほとんどうちの庭で過ごし,時々グレだけお向かいのお宅の庭の木の上にいる,という感じだ.仲良しのコナとグレだけれど,その性格の違いは不思議だ.グレはすばしっこくて,木登りも得意で好きらしい.ところがコナの方は,木登りがあまり得意ではないらしい.お世辞にもすばしっこいとは言い難く,おっとりしている(悪く言えば抜けている).グレは少し神経質で,僕にはあまり触らせてくれないけれど,コナは膝にも上ってくる.ついでながら,ニグレはひねくれてねじけたところがあり,キナはとにかくふてぶてしい.ナンとコナとグレだけが地域猫になったのも,そんな性格が影響しているのだろう.

夏の間,コナとグレは,うちの庭で絶命寸前の蝉や,爬虫類や何かの小動物を捕って暮らしていたようだ.授乳期を過ぎてもナンはどこからか食べ物を運んで来ていたようだけれど,夏が過ぎる頃には,ナンはうちにはあまり来なくなった.庭で僕がビールを飲んでいても,現れるのはコナとグレだけだ.庭の僕のビールのつまみのお相伴は,ナンからコナたちに代替わりした.

コナとグレはいよいよ自活しなくてはならなくなった.しかし,秋を過ぎたら,蝉はいなくなったし,他の獲物もずいぶんと少なくなったろう.

母娘3匹が地域猫になってからは,コナとグレには魚肉ソーセージや煮干し等を時々あげていた.ビールのつまみのお裾分けよりはちょっと多い,という程度だけど.でも,いよいよ秋も深まったころ,ついにキャットフードを買ってきて,与え始めた.ただし,これまで通り小動物や虫を食べるだろうし,余所でも何かもらっているだろうから,猫の最低必要分の半分くらいだけを与えることにした.と言いながら,ねだられるままに,結局は猫の最低必要分くらいは与えるようになってしまった.それどころか,正月にはお年玉だのお節だのと言って,ついついたっぷりあげてしまうのだった.そのお正月から,ちょうど2年になる.



二度目の紅梅(2016.2、1歳9ヶ月)

2017.01.02

コナの日々(11)

今は,正月二日の夜8時.コナはもう,さっさと僕の布団で寝てしまった.コナと一緒に寝るのは良い(寝る時は暖かい)のだが,明け方には寒くて目が覚めることになる.布団が完全にコナに占領されてしまうのだ.コナはいつのまにか布団から抜け出して,掛布団の上に移るのだが,ちょうどド真ん中,つまり僕の真上に陣取るものだから,重たくって,寝返りの度に僕はだんだんと真ん中から離れていくようだ.


一昨年の正月には,コナとグレの両方がいたのになぁ,と思うと少し寂しい.しかしあのころは,猫たちには寒い戸外でしか餌を上げていなかったから,コナにとっては今の方が快適だろう.でも僕は,コナには内緒で告白するが,実は,コナよりもグレの方が好きだった.グレは器量好しで上品でもあったのだ.

コナとグレ.性格の違いは餌を食べる時の態度でも見えていた.コナに餌をあげている間,グレはおとなしく待つのだが,グレに先に餌をあげようとするとコナは待っていられない.コナは「豚猫」になりそうなほどよく食べるが,グレは太るほど食べない.

餌のついでに抱こうとすると,コナは抱かれるが,グレはなかなか抱かせてくれない.しかし,コナがいない時には抱かせてくれる.なんだか,コナに気兼ねしているみたいだ.

結局,うちにはコナだけが残ってグレが来なくなったのも,グレがコナに気兼ねしたのだろうか.グレはうちに来なくなってからも,道で出会えば僕をちゃんと覚えていて,逃げはしないし,ちょっとくらいは撫でさせてくれた.でも,グレを最後に見かけたのはいつだったろうか.


ところで,あれから2時間半ほど経って,今は夜の10時半だ.9時半ころ,風呂に行こうとしたらコナが起きて来て,外に出て行ってしまった.今夜は天気も悪くないし風も穏やかで酷く寒くはならないようだから,ほうっておいてもいいのだけど,さて,どうしたものか.今晩は一人でゆっくり寝ることにしようか.




雨の日(2017.5、3歳)

2017.01.08

コナの日々(12)

松が明けた.昨日の「七草粥」は食べ損ねたが,いわゆるお粥で僕はここ数日を過ごした.風邪で,三日の朝から熱がでて,つい昨日まで病人だったのだ.インフルエンザではなくて助かった.新年早々の風邪,「注意を怠るな」という神仏からのお告げだったのかも知れない.

風邪ひきの僕には構わず,コナはコナの暮しをしている.夕方になれば,さっさと僕の布団で丸くなってしまう.朝まで寝るのは必ずしも僕の布団とは限らない.居間の炬燵の中だったり,台所の椅子の上だったり,書斎の本棚の隙間だったりもする.どこで寝ていたとしても,朝5時ころには起きだして身繕いを始め,5時半ころ僕の枕元に来て,6時には僕を叩き起こす.雨戸を閉めた真っ暗な部屋で寝ていても,窓にカーテンすらない部屋で寝ていても,コナの起きる時間は変わらない.正確な目覚まし時計を隠し持っているに違いない.

枕元に来たコナを,布団の中から手を伸ばして撫でてやると,ゴロゴロとノドを鳴らし始める.まだ起きたくない僕は,コナを布団に引っ張り込んで,そのまま寝ていようと思うのだ.ところがコナは断固拒否する.そのあげく,例の猫パンチだ.しかたなく僕は起きだして,階下についていくと,やがてコナは玄関から外に出ると言う.暖かい年末年始ではあったのだが,一日のうちで一番気温の低い時間帯,寒い.それでも,何が何でも出るという.仕方がないから外に出して,僕は再び布団にもどる.

外に出たコナはいったい何をしているのだろう.庭の葉蘭の下に座りこむ.我が家は東側が高くなる斜面にあるから陽が昇るのは遅い.遅い陽の光が辺りに射してくるまで,コナはそこにじっと座っている.坐禅でもしているのだろうか.コナのお母さんのナンは,托鉢をする雲水さんのように見えた.だからナンは「南無」だ.コナもやっぱり,そうか.

かつて僕の通っていた在家者の坐禅道場では,5時開静(起床),5時半から坐禅だった.坐禅している間に次第に明るくなり,やがて陽が昇る.今ではとんと坐禅に通わなくなってしまった僕は,コナに敵わない.坐禅に行こうとするコナを布団に引っ張り込もうとする僕は,釈迦の修行を邪魔するマーラみたいに思えてきた.

風邪がほぼ抜けたことでもあるし,こんな反省をしつつ,今朝はコナに起こされるまま,5時半起床,6時から動き始めた.