尺八を例にした音楽物理の計算
気温 t ℃の時の音速 v は v = 331.5 + 0.6t [m/sec]
で与えられる.
1年を通した平均気温を15℃,体温を37℃とすれば,尺八内の空気の温度 t はこの中間であろうから,仮に26℃とする. その場合,尺八の管内の音速 v は v
= 331.5 + 0.6*26
= 347.1 [m/sec]
となる.
標準の尺八である一尺八寸管の筒音はピアノ中央オクターブの D である. 基準音A (ピアノの中央のオクターブ)の標準ピッチFA を 440Hz とすれば,一尺八寸管の筒音D の周波数 FDは,基準音A の完全5度下だから FD
= FA*2/3
= 293.33 [Hz]
となる.
あるいは平均律では7半音低いから FD
= FA * 2-7/12
= 293.66 [Hz]
とも計算できる.
二つの計算方法で若干値が異なるが,以下では,平均律による値を用いることにする. 波長λは音速v と周波数f から求められる. λ = v / f
したがって一尺八寸管の筒音D の波長 λD は
λD
= v / FD
= 347.1/293.66
= 1.182 [m]
となる.
波長λの音に共鳴する気柱の長さは,開管(両端とも開端)の場合は λ/2 ,閉管(一端が開端,もう一端は閉端)の場合は λ/4 である. 尺八は開管なので,管長は波長λの 1/2 だから,一尺八寸管の管長 LD は LD
= λD / 2
= 0.5910 [m]
となる.
曲尺での1尺は 10/33 (≒0.303) [m] だから,上で求まった管長を[尺]で表せば LD = 0.5910 / (10/33)
= 1.950 [尺]
となる.
気温を26℃として,基準音 A (440Hz) からの半音音程 n の筒音を得る管長 L を求める式を整理すれば,以下のようになる. L
= λ / 2
= v / f / 2
= 347.1 / (440*2-n/12) / 2
この式を用いて,筒音 D の一尺八寸管より完全五度(7半音)高い筒音 A (n = 0)の管から,筒音 F (9半音低い.n = -16)の管までの,各々の管長を求めると,表の管長(1)の欄のようになる.
注: 「律[尺]」は,いわゆる「正律」に対応するもので,一尺八寸管を基準として,筒音がそれより1半音高まる毎に1寸短く,1半音低まる毎に1寸長く表したものである.
一尺八寸近辺では,実寸とよく一致した長さになるが,それを外れると誤差が大きくなる.
上で求めた管長は,たとえば「一尺八寸管」といいながら,1.8 [尺] (= 0.5454 [m] )にはなっていない. しかし,実際の尺八の長さを測ってみれば,若干の固体差はあるものの,およそ 1.8 [尺] である. この差 LD - 1.8[尺] = 0.0456 [m] を,開端補正 D [m] と考えることにする(あるいは開口端補正とも言う). 円筒管の場合,開端補正は半径を r として, 0.61r と言われている. それに従えば,尺八の内径の半径は 2 [cm] = 0.02 [m] 程度であるから, 一端での補正はおよそ 0.012 [m] 程度,上下端合わせても 0.024 [m] にしかならないはずである. それに比べて,上述の値 D は大きい. それは,尺八の内部が完全な円筒ではなく,特に歌口は単なる開端とは異なり,唇で大部分を塞ぐから,閉管の性質に近づくためである. 開端補正は尺八によらず一定であるものとして,一尺八寸管以外の長さの開端補正を含む管長を求めれば,表の管長(2) の欄のようになる. この値は,管長(1) の欄の値から,上述の開端補正を一律に差し引いただけである. しかし,開端補正の 0.61r には疑問もあり,おそらく管径と管長あるいは波長との関係でも変るように思われるので,長管と短管とでは若干異なるかもしれない. そもそも,実際の尺八は,内部の形状,特に管端の形状(内側の),歌口の形状などがまちまちであるから,正確にこの表の通りとはいかない. 参考のために,手元にある実際の尺八の長さを計測した結果を,表の右端に掲げる. 上で求めた管長(2)と実物の実例を見比べれば,計算結果は個体差の範囲内に収まっているということができる. |