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鎌倉仏教について


はじめに

鎌倉時代は日本仏教史において,特徴的な時代でした. 現在に続く宗派の多くがこの時代に成立しています. それまでの仏教との比較でその特徴を見れば,民衆中心であること,実践方法の単純化,宗教哲学的な深化,政治権力に対しての自立性の主張などがあります.

鎌倉時代に成立した仏教を鎌倉仏教と呼びますが,時代区分としての鎌倉時代と言うより,鎌倉時代が準備され,成立・安定し,やがて崩壊する歴史的潮流とともに生まれてきた仏教と考えるべきで,従って平安時代末期から始まると考えます.

鎌倉時代に至る時代的背景

平安時代末期には,貴族に対する武士階級の台頭など,政治・経済的権力の流動化が強まりました. そのような中で,それまで貴族階級だけのものであった仏教に対して,民衆の間でも救い希求が高まってきました.

ところが一方で,続発する災害や戦乱は厭世的な雰囲気を高め,これに乗じて末法意識も高まっていました. 末法とは,お釈迦様の教えだけが残り,人がいかに修行して悟りを得ようとしてもとうてい不可能な時代をさします.

このような時代にあって多くの民衆に受け入れられたのが,前述のような特徴を有する鎌倉仏教だったのです.

さらに,鎌倉時代もやがて,外患を契機に衰退し,社会も人心も混乱をきたすこととなりました.

鎌倉仏教諸宗の概観

鎌倉仏教の諸宗を概観します.

大乗仏教の成立とともに興った浄土教は,日本では比叡山を中心に広まりましたが,その流れから,法然の浄土宗,親鸞の浄土真宗,良忍の融通念仏宗,一遍の時宗が生まれました. これらの宗派では,人々を救えるのは従来の自力修行の難行ではなく,仏の心を信じてひたすら「南無阿弥陀仏」と唱える他力であると説きます. 念仏によって極楽浄土に往生し,そこ(末法の現世ではなく)で悟りを開くことを目指すのです.

禅宗は,冥想して身心を統一することで悟りを得ようというもので,唐代の中国で興りましたが,日本にはまず臨済宗,続いて曹洞宗が伝わりました. 臨済宗では「見性成仏」,即ち,仏性は凡夫にも元来備わっているのだから徹見してそれに気付けばそれが悟りだと言い,曹洞宗では只管打坐と言い,坐禅することがそのまま仏の姿であるとします.

日蓮宗(法華宗)では,法華経こそがお釈迦様の悟りのすべてを表す唯一の正法であるとし,南無妙法蓮華経の題目を唱える唱題を説きます. 唱題のみによって,老若男女僧俗貴賎などの区別なく,現世利益と後生菩提の両方が得られるとします.

以上にように鎌倉仏教諸宗には,民衆中心であること,実践方法の単純(易行)化という共通点があります,これは中国から伝えられた禅宗よりも開祖が日本人である浄土系と日蓮宗に顕著であるように見えます.

鎌倉仏教と本覚思想

これら諸宗の祖師たちのほとんど全てが比叡山で学んでいることは重要です.

天台宗は法華経を根本としつつ,密教,禅,戒律,さらに浄土教も含む,総合仏教とも言えます. ここでとくに注目すべきは,本覚思想と言われる考え方です.

本覚とは,一切衆生(凡夫)が本来的に持っている悟りの意味で,本覚思想は,あるがままの具体的な現象世界をそのまま悟りの世界として肯定する思想です.

本覚思想は,初期の仏教にはありませんでした. しかし,本覚は大乗仏教に言われる如来蔵あるいは仏性と近い意味を持ちます. 如来蔵あるいは仏性は,凡夫が本来的に有する成仏の可能性であり,修行によってあるいは輪廻転生によってやがて悟りに至ることができることを言ういますが,この凡夫と悟りの距離を近づけていったものが本覚思想ということになります.

まとめ

以上,鎌倉仏教について見ました. 民衆中心の易行化した特長は,時代的な要請であり,その思想的基盤には本覚思想がありました.

なお,即身即仏とする本覚思想では,わざわざ修行をして悟りを開く必要がないことになり,宗教としての堕落の危険性も伴います. この傾向に江戸時代の寺檀制度が重なって,日本仏教から本来的な宗教性が希薄化されたのではないかと思います.

参考文献

1) 末木文美士:日本仏教史,新潮文庫.
2) 中村元他:岩波仏教辞典第二版,岩波書店.
3) 日本仏教宗派のすべて,大法輪閣.